three


人生には三回転機があるという。

まず一つ目の転機は引きこもり生活を始めた小学四年生の秋。当時私はストーカー被害に合
っていた。ロリコンというやつだ。しかし、早育ちだった私は150を越えていたし、多少武道の心得があるからと油断していた。
あろうことか、うっかり玄関の鍵を閉め忘れたのだ。昼寝から目を覚ましたとき、見知らぬ男に体をまさぐられていた。そして目を覚ましたことに気づいた男は私を押し倒した。一気に目が覚めて必死で叫びながら抵抗した。男は息を荒くしてブツブツ何かを発していたが、私の必死の抵抗に対してビクともすることはなかった。そのとき馬鹿な私は初めて、大人に、男に、力では敵わないということを悟った。この時ほど恐怖を感じたことはない。ヒュッと息が詰まって全身血の気が引いていった。あの時弟が帰って来なかったらどうなっていただろうかと今でも不安に思う。
この出来事は小さくだが新聞に載ったし、ちょっとしたニュースにもなった。そして無事犯人も逮捕された。筋肉質で背の高い、大柄な男だった。
そんなことがあって以来、極度の男性恐怖症に陥った私は中学二年生の冬まで引きこもり生活を続けた。かつては元気だけが取り柄だった私が別人のようになったというのは弟の談。強いショックで記憶が少々混濁しているらしく、事件前の自分がどんなだったかはあまり覚えていない。そんな私に対して、家で一人きりになることがないようにといつも家に居てくれた家族はもちろん、気を使ってたびたび訪れてくれた親友には感謝してもしきれない。

第二の転機は私が男性恐怖症をほぼ克服した出来事である。これがある意味問題だった。しょっちゅう訪れてくれていた親友が腐女子化したのだ。所謂ボーイズラブを好む女子ってやつ。
そう、ご察しの通り私は彼女の影響で腐女子化した。窓の外に男性を見かけただけで震えていたような私だったが、不思議と二次元の男性に恐怖はなかった。彼らは現実とは切り離された空想世界の住人だと分かりきっていたからかも知れない。腐った私はコミックマーケット、通称コミケに参加するために一生懸命リハビリをした。萌える同人誌をこの目で選びたいと思ったのだ。今でも背の高い男性や体格のいい男性に多少の苦手意識はあるが、このときの頑張りのお陰で日常生活に復帰できた。私が何年か振りに外に出た日、親友含む家族たち全員が自分のことのように喜んでくれたのを覚えている。
そんな私のBL愛は、現在進行形で続いている。お陰で彼氏の一人もできたことがないし、周りが彼氏や婚活やら忙しそうにしている中、私一人おいてけぼりだ。しかし、彼女が紹介したBLは当時の私が外に出たいと思わせるほどのパワーを持っていたのだから、むしろこれでよかったのかも知れない。そのころ書き始めた小説は今や本業となり、私の書いた小説が実写映画やアニメ、コミカライズにまで展開されるようになった。あ、これは決してBLものではない。

三つ目はたぶん今。
なんと親友が結婚したのだ。私を腐らせた張本人。てっきり私と同じ、彼氏いない歴=年齢だと思っていたから招待状が届いたときはそれはもう驚いた。相変わらず、自分のことは秘密主義なのはかわらない。
そうして彼女の幸せな披露宴に参加して、旅館に宿泊しようとしたら運悪く火事騒動が発生してしまい、何となく面倒になった私は家に帰った。いや、正確には帰っている途中だったと言えるだろう。
会場は彼の地元だという京都だったので私はそのまま旅館に何日か缶詰するつもりでいた。次に書こうかと考えていた作品の舞台にいい感じの旅館だったのだ。小説家という職業柄、物語を作るための下調べは念入りに行うのがモットーである。まあ火事騒動のためそれは果たせず仕舞いなのだが。
そんなこんなで私は数日分の荷物の詰まったキャリーバックを引きながら、折角新調したドレスもそのままに自宅マンションの玄関ホールを歩いていた。久しぶりのヒールに足は疲れを感じつつ、新幹線で居眠りをしてたわりに髪型は崩れていなかった。さすがは知り合いの女優さんに頂いたヘアスプレーなだけある。でも、途中でストッキングを脱いだのは失敗だったな。踵が赤くなっている。これ以上歩いたら皮が剥けそうだ。
さて、ここまで特におかしな点はなかったと思う。散々まどろっこしい言い方をしていたが結論を言おう。私は突如、人生初のワープを経験した。しかも自分が漫画の中の世界に入り込むというかなり特殊なやつ。目の前が歪むなんていうお決まりの展開はなく、ホントに一瞬で。

晴れ渡った夜空のような深い色、とは原作小説の言葉だったか。印象的な青色の瞳と白銀の髪を持つ、美少年。少年とバッチリと目があった瞬間、彼がアルスラーン戦記の主人公アルスラーンだと直感的に察した。

「……え」

突然目の前に現れた私をみて、彼は唖然としている。まあおそらく、私も同じような顔をしているだろう。何だこれは。私は普通に玄関ホールを歩いていたはずだ。そして、気づいたときにはこちらの世界へ足を踏み入れていた。どう考えてもおかしい。あり得ない状況にやけに冷静になりつつ、とりあえず後ろを振り向いてみた。
うん。まあそうだよね。振り向いた先に居たのはお馴染みの殿下の仲間たち。左からダリューン、エラム、ナルサス、アルフリード、ファランギース、ギーヴの順だ。揃いもそろってみんな同じ顔をしている。
それからすぐに背後を確認したことを後悔した。これは困った。ますます漫画の中に入り込んだ可能性を否定できなくはなってしまったではないか。現実とは切り離されたはずの空想世界の住人が目の前にいるとか全然笑えない。まてよ? これは全て私の夢で、自宅途中の道端で眠ってしまったのではないだろうか。いやしかし、酒はもう抜けているはずだ。それに今日はほとんど飲んでいない上に、左手にはキャリーバックを掴んでいる。わざわざ夢の中までご丁寧にキャリーを持ってこないよね。
あたりはしんと静まり返り、永遠にも感じられる瞬間が過ぎたと思いきや、私は強い衝撃とともに床と接触していた。うつ伏せで地面さんこんにちは状態。さっきから怒濤の展開過ぎて、頭が追い付かない。
唯一わかったのは今の衝撃でヒールが擦れて足の皮が剥けたであろうこと。痛い。


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