1.彼女の亡骸を見た者はいない

いただきます。誰もいない調理場で小さく呟いて目の前にある食べ物を口に含む。狐色に焼かれた一口大のパンになめらかなチーズ、間に挟まれた薄いトマトとレタスが口の中でしゃきしゃきと音を立てた。濃厚なチーズでありながらも、降りばめられた黒胡椒が味全体を引き締めている。お酒のお供のような感じだが、単品でも普通に美味しい。
誰もいないことを確認して私は次なるターゲットを手に取った。細長い棒にこれまた一口大のパイらしきものが付いている。見慣れないものだが、脇に色とりどりのジャムやチョコレートソースが置かれていることからして甘味だろう。なんて勿体ぶって観察してみたけれど、甘いものは私の大好物なのだ。この美味しそうなスイーツを一刻も早く食べてみたくてうずうずしている。ということで、早速こちらもいただきます。

「――! やっぱり美味しい」

さくさくとしたパイ生地の中に細かく刻まれた果物と砕いたフレークが入っていた。私の大好きな甘味だけれど、甘すぎず簡単に飽きもしないように考えられている。私は少し迷いながら二口目にマーマレードジャムをつけた。みずみずしいフルーツの酸味が爽やだ。うん、これもアリだな。

「ごちそうさまでした」

私はまだ食べたい気持ちをぐっと我慢して、作物の恵みと見知らぬ料理人に感謝した。美味しい料理をありがとうございます。やはり国に支えている料理人は違うな、今まで味わってきたものとはレベルが違う。パルス王国万歳。
素晴らしい料理の余韻に浸りながらつまみ食いして不自然になった盛り付けを整える。つまみ食いをしても人に迷惑をかけない。これは私なりのつまみ食いの極意だ。

暇をもて余した私は感謝を込めて軽く調理場の拭き掃除をしていたところ、かすかに足音が聞こえてきて手を止めた。料理人の帰還だろうか。どんな人が作っているのか、しっかりお顔を拝見しておかなければ。

ガチャリと音を立てて扉が開く。そこには御盆を持った恐らく同じくらいの年齢であろう少年の姿があり――――って少年!? まずいと思ったときには既に遅く、訝しげな彼と思いっきり目が合ってしまった。

「何かご用ですか?」

やばい話しかけられた。別に用なんて何もないし、つまみ食いしてただけだし。半ば自暴自棄になりながら焦る頭で脱出方法を考える。入り口は少年の立っているところだけだ。ってだめじゃないかどうしよう。

「聞いてます?」

私がわたわたしている間に少年がずいずいと近づいて距離を縮めてくる。城内には不法進入だし万が一捕まったら人生が終わる。いや既に死んでるから人生終わってるんだけどさ。とりあえずここは何とかやり過ごすしかない。でも一体どうやって!? えーっと、広すぎて迷ってしまいここにたどり着いた……ダメだ城内に入る理由がない。私は客人ということにして……これもダメだ家柄とか聞かれたらボロが出る。本気でどうしようかと頭を抱えながらじわりじわりと後退していた私は一つの脱出方法が思い浮かび勢いよく背後の窓を振り返り見た。迷ってる暇はない!

「あっ、おい!?」

窓枠に足をかけた私を見て少年が慌てて駆け寄って来る。彼が伸ばした手が服の裾を掠めた気がしたが、捕まる前に勢いよく私は飛び降りた。



***



「はあ、危ないところだった」

窓から飛び降りた後、そのまま一目につかないであろうところまで走ってきた私は芝生に寝転びながら一息ついた。元々城内に子供は少ないというのに、まさか少年が現れるとは。結局あの料理を作ったのは彼だったのだろうか。うーん、だとしたら困るなあ。また食べたいけれど、相手が子供となると行動がしにくい。怪我しないとはいえ、また窓から飛び降りるのも怖いし。

「フフンフフーン」

そんな感じのことを考えながらごろごろしていたところ赤紫髪の男が鼻唄を歌いながら側に腰をおろした。あれ、人が来なさそうな場所を選んだつもりだったんだけどな。まあこの人は私が見えてないみたいだし別にいいか。

「よし、ここならファランギース殿へ送るいい歌ができそうだ」

男は時折詩のようなものを呟いたり持ってきた楽器を掻き鳴らしている。最初は彼の言葉に耳を澄ましていたけれど、残念ながら詩や歌に縁のなかった私にはよくわからなかった。

「しかしこの人、無茶苦茶かっこいいな」

声が聞こえない姿が見えないのをいいことに、近づいて彼の顔をじっくりと眺める。非常に端正な顔立ちで二重はくっきりしてるし、すっと鼻筋も通っている。私が過去に見てきた中でも間違いなくトップクラスの美青年だ。どれだけ顔を寄せて見ても、彼は文句なしにかっこいい。神様ってつくづく不公平だよね。

「……あ、この人全く気配を感じない人だ」

ちょっぴり調子に乗った私は指先で頬をつついてみたが何の反応もなかった。もちろん全てではないが、私と周りの環境について幾つか把握していることがあるのだ。
まず前提として、シーラこと私は幽霊である。村で流行り病に倒れ意識を失ったあと、そのまま死んだと思われる。まだ14歳だったというのになんたる無念。しかし過ぎたことを嘆いたって仕方がない。それに何だかんだで私はこの幽霊生活を楽しんでいるのだから。
私の姿は子供にしか見えない。どこまでが子供なのかは曖昧だが、最大でも15歳程度だと思われる。姿が見える人にとって私は普通の人間と変わらないようだ。今のところ大人に姿を見られたことはないが、私から体に触れたり近くから話しかけたりすると何となく気配を感じる人も多い。で、このかっこいいお兄さんは全く気づかない鈍感である。ちなみに、うっかりすると姿が見えない人からは私が手に持った物体が宙に浮いているように見えたり、突然動いたりするように感じるようなので人々を驚かさぬよう極力注意している。
もう一つ、特筆すべきは身体のことであろう。幽霊になってからというもの身体能力は上がり痛みを感じなくなった。さっきだって、あの高さから飛び降りたら普通は身体や頭を強く打ち付けるのがオチだ。というか普通の人なら死んでると思う。だが、驚異的な身体能力のお陰でふわりと着地できたのである。これは私の質量が相当減っていることが原因だと思われるのだが、詳しいことはよくわからない。
そんな訳で、私はこの身体を活かした幽霊ライフを最大源に楽しんでいる。特にお気に入りは調理場でのつまみ食いと高そうな寝台にダイブすることだ。言い忘れていたが、幽霊である私には食事や睡眠、排出などを必要としない。でも、折角だから美味しい料理もフカフカのベッドも経験したい。今まで貴族の邸を中心に巡ってきたが、今回は王太子一向が滞在するというペシャワールだ。生前の自分では決してお目にかかれない凄いものがあるだろう。色々あったけど早速美味しい料理にありつけたことだし、一つ一つ寝室を覗いてみることにしようかな。まだまだ知らないことばかり、ここでの生活が楽しみだ。

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