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こんな夢を見た。
長年親しくしてきた友の披露宴が開催された。その帰り、私は気がつけば別世界にいた。ご丁寧に左手には荷物の入ったキャリーバックを持って。余談だが、異世界移動とは何の前触れもなく訪れるようだから気を付けろ、二度も経験したから間違いない。もし読者が経験した場合は、取り乱さず冷静に状況を判断することをお勧めしよう。その時の咄嗟の判断が自身の生死を左右する場合もあり得る。

さて、最近人に会う度々に尋ねられるのが「行方不明の十日間どこで何をしていたのか」という質問だ。ご存じの方もいるかも知れないが、私は冒頭の披露宴の翌日から数日間行方不明となっていた。突然の失踪に、多少なりともお茶の間を賑わせていたと聞く。いい機会だし、警察や報道機関の方々にはこの場を借りて謝らせてもらおう。その節は多大なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。話が逸れてしまった。それで、誰に会っても同じ質問をされるのである。家族や友人、仕事仲間、挙げ句の果てにはファンレターまで。流石にいちいち答えるのか面倒になってきたので、まとめてここで答えることにする。ここに書き記したこと以上のことは一切答えるつもりはないのでどうかそのことを理解して読み進めてほしい。

私が十日間何をしていたかと云うと、まあ初めの一言に過ぎるのだが夢を見ていた。巷では神隠しや事件に捲き込まれたなどと様々な予想がされていたようだがそれは違うと否定しておく。夢を見た。とても長い長い夢だった。とてもじゃないが、ここに書くには長すぎる夢だ。ということで、詳しい夢の内容は割愛しよう。そもそも私は本当に夢だったのが疑っているのだが、頭のおかしい人として扱われるのは苦痛なので夢ということにしている。失踪中の十日間は、夢を見ていました。以上終了。この件についての質疑応答は一切受け付けておりません。



***



「夢じゃないよなあ……」

原稿をきりのよいところまで書き終えた私は一人溜め息を吐いた。眠気覚ましにと用意した珈琲は苦い。
仕事部屋に設置した高級ソファの柔らかさに埋もれながら記憶の海に沈み込む。異世界に移動した記憶はあるのだが、私は気がつけば玄関ホールに立っていた。あのときのようにヘアスプレーで髪を固め披露宴用のドレスを着用し、左手には荷物を持って。向こうで着ていた空色のワンピースや靴は消えてしまっていた。何もかもすっかり元通りという訳だ。
しかし、元通りではないこともある。とりあえず自宅に戻ってシャワーを浴びていたところ、電話がかかってきて何気なく出たら私が十日間失踪扱いだったという衝撃的な話を聞いた。なにもかもが元通りではなかった。向こうで過ごした約一ヶ月間、こちらでは十日が経過していたのである。

「夢なのかなあ……」

帰ってきて一目散にスマホやパソコンのデータを確認したが、彼らと撮った写真も、記録も、何一つ残されてなかった。この状況だけ聞くと私の夢か妄想の可能性が濃厚だと思うかもしれないが、頭を悩ませていたのはネックレスの存在だ。
誕生日祝いに貰った青い天然石のネックレス。頂いたときは石の種類は分からなかったが、こちらで調べてみたらラピスラズリだとのこと。瑠璃色のそれは、今も私の胸元で存在感を放っている。これさえなければ全て諦めもつくというのに。本日何度目かの溜め息を吐きながら、柔らかなクッションに顔を埋めた。
そして、何よりも心苦しかったのはのは彼らに別れの挨拶もお礼も出来なかったことだ。残せたものと云えば、私があの世界から去る数日前にこっそりと紙の裏に残した言葉くらい。ひょっとすれば、それも消えて無くなっているかもしれない。私はちゃんと、彼らに恩返しできただろうか。こうなる覚悟はしていたが、実際そうなると予想の遥かに辛く、悲しみに押し潰されてしまいそうな気分だった。彼らには数え切れないほど多くのものを貰った。緊張、安心、焦燥、恋。私にだって、まだまだ話したいことや伝えたいことがあるというのに。

いつの間にか、自分がポロポロと涙を流していることに気づいた。泣いても事態は何も変わらない。それに、これは私が望んだことなのだ。もう顔を洗って寝ようと、ソファから降りる。
「嘘……」
知らず知らずのうちに、机の上にはどこかで見たような紙な置かれていた。私達が普段目にする滑らかに加工されたものではなくて、分厚くゴワゴワしたものだ。
そこには不馴れながらに懸命に書いたような文字と綺麗に整った文字で一言、詩衣羅とだけ書かれていた。


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