星空の下で ヒロイン名「瀬戸 奈摘」
澪 @miomiosky 【1】
例えば織り姫と彦星のように…。
どんなに遠く離れていても、ずっと思い続けていられるような…。
そんな恋を、いつか、いつか、彼と…。
魅月 @mitsuki_site 【2】
「ふぁ〜」
寝起きで抑えられない欠伸をしながら、大きく伸びをして身体をほぐす。
何かいい夢を見た気がする。
カーテンを開いてもう一度両手を伸ばして大きく伸びをした。
「いい天気!今日はいい日になりそう!」
澪 @miomiosky 【3】
「おっはよー!菜摘!」
「おはよう、園子」
夏の日差しに目を細めながら学校までの道のりを歩いていると、クラスメイトの園子に声をかけられた。
「良い天気だね」
「ほんっと、こんな日に学校行きたくないわよね」
大きくため息を吐いた園子と2人、学校に向かった。
魅月 @mitsuki_site【4】
園子と学校へ向かっていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
賑やかな声の発生源を探していると、少し距離はあるけど、蘭と工藤くんがいて。
その風景にチクリと胸が痛みながらも、それでも朝から工藤くんに会えた喜びの方が強くて、表情が自然と緩んでいくのを感じてた。
澪 @miomiosky 【5】
「おはよう、蘭。おはよう、工藤くん」
「菜摘、おはよう!」
「瀬戸おはよう」
どんなに好きでも、そんなに簡単に距離は縮まらない。
「工藤くん」と「瀬戸」は、私たちの今の距離を上手く表現しているように思う。
それでも、朝から彼と話せたことに、嬉しさがこみ上げた。
魅月 @mitsuki_site【6】
すっかり忘れてたけど、今日は席替えの日だった、らしい。
適当に引いたくじだったけど、今日はやっぱりツイてるみたい。
思わず心の中でガッツポーズを決めた。
此処はエアコンの風がよく届く席だから、ではない。
工藤くんが視界に入る席。
なんて幸せなんだろう!
澪 @miomiosky 【7】
「あれ?工藤帰るのか?」
「事件でちょっとな」
工藤くんは忙しい。
せっかくの良い席も、彼がいなければ…。
「…頑張ってね、工藤くん」
去って行く彼の後ろ姿に、聞こえるわけない言葉を囁いた。
魅月 @mitsuki_site 【8】
「で、あるからここは−−」
工藤くんはまだ帰って来ない。
当たり前か。彼が出て行ってから1時間も経ってない。
授業が耳に入らない中、チラリと工藤くんの席を見ると、彼がうとうとと船をこいでる姿が見える気がした。
どうか彼が無事に帰って来ますようにと祈った。
澪 @miomiosky 【9】
「菜摘、今のノート取った?」
不意に蘭が私に聞いてきた。
「うん」
「それ新一戻ってきたら貸してやってくれない?アイツ、オメーのより瀬戸の方がよっぽど見やすい、なんて言ってたから私はもう貸してあげないんだから!」
そう言いながら蘭はムッとした顔をしていた。
魅月 @mitsuki_site 【10】
拗ねてる蘭も可愛いけど、工藤くんがあたしのことを誉めてくれたことが嬉しかった。
例えそれがどんなに些細なことでも、工藤くんの力になれるなら素直に嬉しい。
「分かった。工藤くんが帰って来たらノート貸すね」
笑顔で引き受けた後にまだ帰って来ない彼の席を眺めた。
澪 @miomiosky 【11】
「新一くん、戻って来ないねぇ」
「知らないわよ、あんな推理オタク!」
園子と蘭の言葉に今日幾度となく見ていた主不在の席に再び目を向けた。
工藤くん…、今日はこのまま戻って来ないかもしれない。
魅月 @mitsuki_site 【12】
なかなか戻って来ない彼の為に、いつもより丁寧にノートを書く。
普段より綺麗な文字なのはご愛嬌だ。
これってコピーして渡した方がいいのかな?
ノートそのまま貸しちゃっていいのかな?
そんなことを考えていると、空行きが急に怪しくなってきた。
澪 @miomiosky 【13】
「あれ?」
「ん?どしたー?」
空を眺めながら思わず呟いていた。
「なんか降りそうな天気だね…」
「あぁ!だって七夕だしね!」
雨が降ることが、さも当たり前かのように園子が言った。
魅月 @mitsuki_site【14】
「朝はあんなに晴れてたのになぁ」
何だか天気と一緒に気分も暗くなってきた。
「蘭と園子は傘持ってるの?」
「私は午後から天気崩れるってニュースやってたから、持って来たよ?」
「私は置き傘あるから大丈夫!」
つまり濡れて帰るのは私だけか。
澪 @miomiosky 【15】
「結局、新一くん来なそうだね」
そう言ったのは園子。
工藤くんは午後になっても戻ってくる気配はない。
「菜摘、ノートは明日でいいから、」
「あ、うん。わかった」
蘭に対して笑顔でそう答えながらも、どこか残念な気持ちは拭えなかった。
魅月 @mitsuki_site 【16】
結局、工藤くんは授業が終わっても帰って来なかった。
部活が始まった頃には雨が降りだして。
マイ楽器であるフルートを握りしめながら、何だか私の気持ちを代弁してる様だと思った。
朝は工藤くんと話せて嬉しくて、
席替えも特等席で。
でも彼のいない一日だった。
澪 @miomiosky 【17】
「音が伸びないなぁ…」
今日はフルートの音もいまいちで。
「ま、そんな日もあるって」
部活仲間にそう言われても、なんだかここでも心がモヤッとしてきた…。
魅月 @mitsuki_site 【18】
モヤモヤする心を抱えたまま窓の外を見れば、雨が強くなっていた。
この後、濡れて帰るのかと思うと気が重い。
はぁ…と深く溜め息を吐くと、もう一度フルートを奏でる。
彼はもう帰っただろうか?
こんなときでも、彼を想う。
恋心は複雑だ。
澪 @miomiosky【19】
「菜摘お先ー!」
「あ、うん。明日ね?」
上手くいかない練習と止まない雨が重なり、1人だけ、もう少し残ることにした。
…それにしても。
「止まないなぁ…」
辺りが薄暗くなってきても止みそうにない雨に、知らず知らずにため息が出た。
魅月 @mitsuki_site【20】
今日は七夕なのに。
織姫と彦星も会え無いんだろうか。
年に一度の逢瀬が叶わないなんて、あたしなら…
想像しただけで泣けて来た。
そもそも、一年も彼に逢えないなんて。
そんなの嫌だ。
遠くから彼を見つめるだけでいい。
でも、本当は近付きたい。
澪 @miomiosky【21】
「…はぁ…」
知らず知らず出たため息は、誰にも聞かれることはない。
「あれ?瀬戸か?」
はずだった。
「工藤くん!?」
名前を呼ばれ振り返った先には、会いたかった彼が立っていた。
魅月 @mitsuki_site 【22】
え?夢?
それともあたしが都合のいい幻覚でも見てるの?
「瀬戸こんな時間まで残ってたのか?」
「え?うん…」
突然のことにうまく言葉が出ない。
予想外の彼の出現に、思考回路が故障でもしたらしい。
「工藤くんは?どうしてこんな時間に学校にいるの?」
澪 @miomiosky 【23】
「俺はちょっと担任とな」
「担任?」
「元々戻ってくる予定だったのに事件長引いちまった時は俺用特別課題が出されんだけど、それ聞きにきたら、どんな事件だったか、って聞かれてすっかり話し込んじまってよ」
あの先生そういうの好きだからと工藤くんは困ったように笑った。
魅月 @mitsuki_site 【24】
工藤くんの言葉に、そういえば、うちの担任はそういう話が好きだったな、と思い出した。
私も聞きたかったな。
工藤くんの活躍の話。
「瀬戸は?こんな時間まで何やってたんだ?」
「傘忘れちゃったから、少しでも小降りにならないかなって部活で居残りしてたの」
澪 @miomiosky【25】
「傘、ないのか?」
工藤くんが少し、驚いたような声をあげた。
「うん。…朝、天気良かったから…」
「…入ってくか?」
「え?」
「傘。俺一本しかねぇから一緒に入ることになるけど…」
その言葉に思わず工藤くんを見つめた。
魅月 @mitsuki_site【26】
それって相合い傘ってこと?
意識した途端に顔に熱が集まるのを感じた。
恥ずかしい…
でも、せっかくの工藤くんのお誘いを無下にしたくない。
「いいの?お言葉に甘えちゃっても…」
澪 @miomiosky 【27】
「おぅ!」
工藤くんは躊躇いもなく、ニカッとでも音がつきそうなほどの笑顔で言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて、」
「あ、でも」
「え?」
「交換条件として、今日いなかった分のノート、見せてくれんだったらな?」
工藤くんは片目を閉じ、伺うように私を見てきた。
魅月 @mitsuki_site【28】
「うん。元々明日渡そうと思ってたの」
自分からノートを要求したのに少し工藤くんが驚いた顔をしたのが不思議で首を傾げた。
「あれ?工藤くんが蘭に言ったんじゃないの?私の方が見やすいって。蘭、もう工藤くんに貸さないって怒ってたよ?」
澪 @miomiosky【29】
「あ、あんにゃろぉ…」
私の言葉を聞いた工藤くんは、ガシガシと頭を掻きながら呟いた。
「私余計なこと言っちゃった?」
「あ、いや、大丈夫大丈夫」
工藤くんは慌てて否定した後で、
「じゃ、帰ろうぜ?」
優しく笑った。
魅月 @mitsuki_site【30】
「うん!」
その笑顔は反則でしょ?
と、思いながらも、いつまでも突っ立って居ては工藤くんがいつまで経っても帰れないので、遠慮がちに工藤くんに近付いて傘に入れて貰うことにした。
ち、近いっ!
同じ傘にいるのだから当たり前だけど、工藤くんが近い!
澪 @miomiosky【31】
ドキドキドキドキ、心臓が跳ね上がる。
何か話さなきゃ、何か話さなきゃ…。
そんな思いとは裏腹に、緊張で喉はカラカラになり、口は上手く動かない。
「そういや瀬戸は知ってっか?七夕に降る雨のこと」
そんな時、工藤くんが話しかけてきた。
魅月 @mitsuki_site【32】
「え?」
突然話し掛けられたことにビックリして立ち止まってしまった。
「雨?」
しかも内容が理解出来ない。
パニクってたから?
「そ。七夕に降る雨のこと。雨にも色々名前あんだぜ?」
「そうなの?」
知らなかった。
「ねぇ、何て言うの?」
澪 @miomiosky【33】
「催涙雨」
「さいるいう?」
聞き慣れない言葉に、思わず工藤くんに聞き返した。
「年に一度の日に雨で会うことができなくなった織り姫が彦星を思って流した涙、って意味なんだぜ?」
工藤くんが少し傘をあげたことで、私もつられて夜空を見上げた。
魅月 @mitsuki_site【34】
「うわぁ…綺麗に晴れてる」
先程まで雨が強かった筈なのに、空は嘘のように晴れ渡っていた。
「これならきっと、織姫と彦星も逢えるよね?」
だから、空が泣き止んだんだと呟きながら、あたしは工藤くんの傘から出て澄んだ夜空を満喫していた。
澪 @miomiosky【35】
「織り姫と彦星、か…」
私の言葉に工藤くんが呟くように言った。
「…ちょっと、」
「うん?」
「子供っぽかった、かな?」
誤魔化すように苦笑いしながら言った私に、
「いいやー?」
工藤くんはまた、優しく微笑んだ。
魅月 @mitsuki_site【36】
ドキドキドキドキ。
工藤くんの笑顔に心音が加速するのが分かる。
「いいんじゃねぇの?オメーらしくて」
「私らしい?」
「そ。菜摘らしくて俺は好きだぜ?オメーのそういうとこ」
初めて工藤くんに名前で呼んで貰ったことで、私の思考回路がパンクした。
澪 @miomiosky【37】
生まれて初めて、好きな人から名前を呼んでもらえた。
「私、らしい、かな?」
ドキドキしながらそう尋ねると工藤くんは傘を畳ながら答えた。
「子供っぽい、ってそれだけ想像力豊かで夢見れる、ってことだろ?羨ましいよ。あ!これ誉め言葉だからな?」
魅月 @mitsuki_site【38】
工藤くんの笑顔にまだドキドキが止まらない。
夢はいつだってみてるよ?
工藤くんと距離が近付かないかなって。
工藤くんは私のことを名前で呼んでくれた。
それなら、私が工藤くんのこと名前で呼んでもいいんじゃないかな?
そう思ってなけなしの勇気を振り絞った。
澪 @miomiosky【39】
「なんで、」
…頑張れ!
「なんで羨ましいの?」
頑張れ、私!!
「新一くん」
魅月 @mitsuki_site【40】
言った!私、頑張った!
「だって俺は探偵だろ?探偵は…」
あれ?工藤くん無反応?
私あんなに頑張ったのに…っ!
「そうやって、答えを導き出すのが探偵であって…って、今何て言った!?」
…状況把握が出来てなかっただけの工藤くんはそこで固まってしまった。
澪 @miomiosky【41】
「え、な、なんて、って?」
私を見て固まっている工藤くん。
「え!?あ、いや…」
その工藤くんを見つめ返すと、工藤くんは目を泳がせた。
「あー…、は、晴れたし、帰ろうぜ?良かったよな、晴れて」
工藤くんは頭をガシガシと掻きながら、帰り道を指差した。
魅月 @mitsuki_site【42】
「そうだね。もう帰ろう?真っ暗だし」
夜空を見るのが好きな私は密かに織姫と彦星を探して軽く現実逃避していた。
だって、あんなに勇気を一滴残らず絞り切ったのにスルーされたら直ぐには立ち直れない。
きっと工藤くんから名前で呼ばれたと思ったのも私の夢か願望だ。
澪 @miomiosky【43】
少しだけ、落胆したのは事実。
…だけど…。
「行こうぜ。…菜摘」
工藤くんから発せられたその言葉に、再び顔をあげた。
魅月 @mitsuki_site【44】
い、今のは…聞き間違いじゃない、よね?
「菜摘?」
やっぱり名前で呼んでくれてる!
「うん。帰ろう!」
言葉ひとつで簡単に上機嫌になった私は、その勢いのまま工藤くんの腕に抱きついてしまった。
そして直ぐに我に返れば、バッと工藤くんの腕から離れた。
澪 @miomiosky【45】
「ご、ごめん…」
興奮のあまり思わずしてしまった自分の行動に慌てて謝罪を入れる。
「…」
工藤くんは右手人差し指でポリポリと頬を掻いた。
「しゃーねぇなぁ!」
「え?」
その言葉と共に、工藤くんは私の手を掴んだ。
魅月 @mitsuki_site【46】
えっと…これはどういう状況なのだろう?
好きな人に名前を呼ばれて、挙げ句今現在手を繋いでいる。
夢?
それにしては手の温もりがリアルで……
一度意識してしまったが最後。
私の頬に、繋いだ手に、体中から熱が集まるのを感じた。
澪 @miomiosky【47】
「織姫と彦星も、」
繋いだ手の平に意識全てが行きかけた時、工藤くんが言った。
「1年に1度の逢瀬でこーしてんのかもなぁ…」
私の位置から工藤くんの顔は見えないけど…。
その声はどこか照れているかのように聞こえた。
魅月 @mitsuki_site【48】
だからかもしれない。
「私、」
勝手に言葉が出ていたのは。
「織姫と彦星みたいな関係が羨ましいなって」
繋いだ手を意識しないように
「どんなに遠く離れていても、ずっと思い続けていられるような…そんな恋、がしたいな、って…」
私の声はどんどん小さくなっていた。
澪 @miomiosky【49】
「織姫と彦星のように、か…」
私の言葉に工藤くんは呟いた。
「出来んじゃねぇの?」
「え?」
「オメーはほら、周りを見てねぇ、って言うか気づいてねぇ、って言うか?もっと探偵のように目見開いて見たら、案外彦星は近くにいるかもしれねぇぞ?」
魅月 @mitsuki_site【50】
「彦星は近くにいる、か…」
近くも何も私の彦星様は今隣にいて、手を繋いでいてくれてるんだけど。
とは言えないよなぁ…。
はぁ…と溜め息が思わず漏れた。
澪 @miomiosky【51】
「オメーも鈍いよなぁ…」
私のため息とほぼ同時に工藤くんが何かを呟いた。
「何?聞こえなかったんだけど、」
「…だからー!」
聞き返した私に工藤くんは私の方に体を向け答えた。
魅月 @mitsuki_site【52】
「えっと…だから…その、だな」
私と視線が交わった途端に、工藤くんの勢いが急降下した。
というより、言葉が絡まって出てこないみたい。
「と、とりあえず!」
「とりあえず?」
「さっきみたいに名前で呼んで、くれよ」
頬を染めた名探偵は不意に視線を伏せた。
澪 @miomiosky【53】
「…」
一瞬、工藤くんの言っていることが、わからなかった。
「しん、いち、くん?」
「…おー」
「……新一くん?」
「おぅ」
たぶん、私もきっと、赤い顔を、してるんじゃないかな?
工藤くんの…新一くんのように。
魅月 @mitsuki_site【54】
でも、何でいきなり名前の話に飛んだのかな?
さっきまで織姫と彦星の話だった筈なのに…
「じゃあ、帰ろうぜ?菜摘」
「う、うん?」
今日のくど…新一くんはどこかオカシイ。
どこがと聞かれると困るんだけど…
でも、少しだけ近付いた距離がなんだか嬉しかった。
澪 @miomiosky【55】
それはもしかしたら七夕にかけた願い事を、織姫と彦星が聞き届けて、叶えてくれたのかもしれない。
あなたたちのような恋がしたい、って言った私の願いを、少しだけ、叶えてくれたからなのかもしれない。
どこか擽ったい手の中の温もりを感じながら家路に着いた。
fin