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 30

あたしの手を取って部屋を出た怪盗さんはどこかに電話をかけていたんだけど、どうやらわざわざ車を手配してくれていたらしい。
別にそんなことしてくれなくても、前みたいに駅まで送ってくれるだけでも良かったのに。


「別に俺がバイクで送ってやっても良かったんだけど、まだ話が終わってないって言ってただろ?」
『それ、ここで話して大丈夫なわけ?』


あたし、この運転手さん誰だか知らないんだけど。


「正直なとこ紹介しようか悩んでたんだけど、なまえの話聞いてる限りこっから先はジイちゃんの手助けがあった方がよさそうだったからな」
『ジイちゃん?』


怪盗さんのおじいさん?
言外にあたしが言いたいことを察してくれたらしい怪盗さんは丁寧に説明してくれた。


「俺のジイチャンってわけじゃないぜ?“寺井”って名前なんだよ。昔父さんの付き人やってた人で、今は俺の仕事のサポートしてくれてんだ」
『あぁ、快斗の前に何件か怪盗さん代理やってた人だね』


盗一さんの付き人ってだけでピンと来た。
きっと、この人が怪盗さんと盗一さんを間違えていろいろ暴露しちゃった人なんだろうなって。
でも、そんな失礼なことを初対面から言うわけにもいかないので、そこは心の中で呟くだけにした。


「坊ちゃまの仰ってた通り、聡明なお嬢様のようですな。私は寺井黄之助と申します。何か御用の際はお気軽にご用命くださいませ」
『ご丁寧にありがとうございます。工藤なまえです』


あたしの言葉に軽快に笑った寺井さんは、何故かあたしにまで傅くような挨拶をくれたんだけど、別にあたしは怪盗さん一家とは関係ないだろうに、とも思う。

むしろ、坊ちゃまって誰だ。
世界的マジシャンに付き人がいるのは当たり前だろうし、その人のご子息なんだからこれも当然といえば当然なのかもしれないけど、あたしの知ってる限り昼間の怪盗さんは“坊ちゃま”なんて柄じゃない。


「んで?俺に話ってなんだよ?あの報告以外にも何かあったのか?」


軽く自己紹介も済んだところで怪盗さんから話題の差し戻しが入った。
話っていうか、


『これ。快斗に渡そうと思ってただけだよ。すぐ終わるって言ったのに、快斗が部屋から連れ出すから渡すタイミングなくしちゃったんだよね』


鞄にしまってあった紙袋を取り出すと、そのまま怪盗さんに手渡した。
怪盗さんはそれを不思議そうに受け取ったんだけど、その中を覗き込んだ途端に訝しげな視線をあたしに向けてきた。


「なんだよ、コレ。パッと見ただけでも、記録媒体数種類、はまあいい。けど数が半端ねーんだけど?しかも、このファイルは何なんだよ?さっきのノートとはまた別なのか?それに新聞紙に包まれた謎の物体は一体な」
『さっき話してた雑魚共蹴散らす戦利品。あたしが持っててもお兄ちゃんに見つかると厄介だから怪盗さんにあげるよ』
「はぁあ!?だから、なんでオメーはそういう話を簡単に振ってくんだよ!!?」
『元々それを直接渡すために怪盗さんの家に行ったようなもんなんだから、渡さなきゃ意味ないじゃんか』


怪盗さんの長ったらしい文句を遮って先回りしたあたしの発言に怪盗さんが叫んでたけど、そこはあえてスルーした。
そんなことより、あたしは先に怪盗さんに断っておかなきゃいけないことがある。
だから、そのまま話を進めてしまうことにした。
ぶっちゃけ、今日の話の中で一番重要なのはここだ。


『さっきも言ったけど、怪盗さんが自分の命狙ってくる雑魚共減らしたいんなら好きに使ってくれて構わないんだけどさ』
「なんか含みのある言い方だな?」
『それは見てもらった方が早いね。ちょっと貸して』


怪盗さんから紙袋を拝借すると、ファイルを一つ取り出して一枚の写真を見せた。


『この人なんだけどさ』
「っ!?こいつ、俺を散々付け狙ってきてるヤローじゃねーか!!」
『そう。この人が怪盗さんの命狙ってる雑魚共の筆頭みたいなもんだから、遭遇確率も高いと思うんだ。現にあたしが物騒な人たちと遭遇した時にもあの場にいたしね』


どうしてそんなヤツの写真があるんだとかそんなことはこの際問題にならない。
本題はこの後だ。


「確かによく見る顔だし、撃たれたのも1度や2度じゃきかねーけど…こいつがどうした?」
『名前とかはファイルにまとめてあるから後で確認してよ。名前って言ってもコードネームなんだけどさ。こいつのボスも幹部の一人らしいんだけど、そんな重要人物ってわけでもなさそうだし、先に排除するのも手だとは思うんだ。普通ならね』
「さっきから何もったいぶってんだよ?言いたいことがあるならはっきり言えよな」


別にもったいぶってるわけじゃない。
ただ、これは怪盗さんにとってタブーに触れる事柄だから慎重に話を持って行きたいだけだ。


『他の雑魚共は怪盗さんの好きにしてくれて構わないんだけどさ。こいつらだけはしばらく泳がせといてくれないかな?』
「は?」
『怪盗さんのお父さんが殺された一件、どうも関与してるっぽいんだよね』


あたしが顔をしかめてそう呟くと怪盗さんの顔つきが変わった。
運転席の寺井さんまで、固唾を飲んで聞き耳を立ててるのが分かる。
二人が何らかの反応を示すことなんて容易く想像出来たからこそ、あたしは言葉を慎重に選ばざるを得なかったんだ。


『期待させたなら謝るけど、実はまだ、確証があるわけでも、物証があるわけでもないんだよ』
「それでも、こいつらが何らかの形で関与してる可能性が高いってわけだな?」
『それは間違いないよ。怪盗さんならソレを仄めかすような言葉くらいは聞いたことがあるんじゃないの?』
「…」
『やっぱりあるんだね。あいつら揃いも揃ってよく喋るんだよ。だから、情報収集もし易いんだけどさ。とりあえず、本当に関与してんなら余罪で逮捕なんて生ぬるいことやってないで、殺人罪もきっちり加算してやろうと思ってるんだよ』


本当はその余罪だけでも、相当の罪になることは確実だ。
何せ怪盗さんに渡した紙袋の中には、あたしが今まで可能な限り集めに集めた証拠がぎっしりとあるんだからさ。
けど、こればかりは見過ごせるわけがないし、見過ごしてやる気なんか更々ない。


『怪盗さんも出来るなら自分の手で片をつけたいんでしょ?あたしもそれだけは譲れない。あたしが決定的な証拠を炙り出して来るから、今はじれったいだろうけど事件の全貌が解明するまではこいつらに手を出すの我慢してくれないかな?』
「お話中口を挟んで申し訳ないのですが、」


唇を噛みしめて、瞳に危ない煌めきを宿したまま口を噤んだ怪盗さんの代わりに、今まで黙ってあたしたちの話を聞いていた寺井さんが戸惑いがちに言葉を発した。
そういや、忘れてたな。寺井さんのこと。


『何かな?』
「なまえ様は普通の女子高生だと坊ちゃまから伺っていたのですが、その情報源はお兄様でしょうか?」
『お兄ちゃん?』


どうしてここでお兄ちゃんの名前が出てきたのかが分からずに目をぱちくりさせていると、寺井さんは更に言葉を繋げた。


「なまえ様のお兄様は警視庁も一目を置く程の優秀な高校生探偵。警察につてがあってもおかしくはないかと」
『そりゃ、お兄ちゃんならそのくらい朝飯前だろうけど、この件にお兄ちゃんは一切関与してないよ?むしろ警察に中途半端にしゃしゃり出て来られたらあたしの苦労が全部水の泡じゃんか』


パンドラを壊そうが物騒な奴らをどう始末しようが全ては怪盗さんが決めることだ。
あたしは端から怪盗さんへの情報提供までしかするつもりはない。
裏を返せば、怪盗さんがケリをつけるまで警察に邪魔をされては迷惑なのだ。

そこまで話しても、寺井さんはどこか納得しかねている様子だった。


「では、どこからそのような情報を?私も盗一様が亡くなられてから出来る限りの手は尽くして来たつもりだったのですが…」
『寺井さんが今まで何をしてきたかは知らないけど、あたしはお兄ちゃんや怪盗さんに出来ないことをやってるだけだよ?』
「俺に出来ないこと?」


今まで黙ってた怪盗さんが話に割り込んできた。
どうやら怪盗さんに出来ないこと、というのが引っかかったらしい。


『確かに情報収集ならあたしなんかよりも怪盗さんの得意分野だ。犯罪の証拠を集めるのだって探偵のお兄ちゃんにあたしが敵うわけもない』
「それなら、これはどうしたってんだ?」


怪盗さんが紙袋を指さすのを見て、あたしは自然と口角が上がった。
物騒な人たちには軽んじてもらってる方が動きやすいから助かるけど、怪盗さんが満足できない結果しか持って来れないようじゃあたしの立場がないもんね。


『お兄ちゃんには探偵としての立場があるんだ。言い換えれば正当法でしか相手を攻められないんだよ。多少ズルをしようがカマをかけようが、そうしないと動かぬ証拠で犯人を打破出来ないんだからさ』
「兄ちゃんはそうかもしんねーけど、じゃあ俺の場合はどうなんだよ?」
『怪盗さんにも怪盗さんのやり方があるってことだよ。怪盗さんが月下の奇術師と呼ばれてようが、それには必ず種が存在するんだ。どんなことが起こっても対応出来るように入念な下準備がいるじゃん?しかも相手の狙いは邪魔してくる怪盗さんの抹殺だ』
「それで?」
『その点、一度物騒な人たちを邪魔したとはいえ、ほとんどノーマークのあたしは比較的自由に動ける。簡単に銃を出してくるような、しかも人を殺すことに何の躊躇いもない奴らにあたしは遠慮なんかしない。あたしは探偵でも何でもないから手段だって選ばない』
「その結果がさっきの現状報告とこれだって?」


あたしの戦利品がぎっしり詰まってる紙袋を呆れたように怪盗さんは掲げてみせた。


『そういうことになるね』
「オメー、ぜってー無茶なことばっかしてんだろ?手段選ばねーとか何やってんのかすっげー気になんだけど」
『それよりも怪盗さんはさっさと探し物見つけてぶっ壊しなよ』


そんな会話をしていると園子の家が近づいて来た。
こんな時間まで何をやってたのか追及されると思うと、正直気が重い。
真実と嘘を織り交ぜた言い訳を考えるのも結構面倒なんだよね。


「なまえ様、何かご入り用なものがありましたらいつでもこの寺井めにお申し付け下さいませ」
『これからよろしくお願いします』


園子の家に着いたところで寺井さんと連絡先を交換して別れた。
高校生の身分じゃ、自分で調達できるものなんてたかがしれてるし、足もつく。
かと言って、博士に頼んでばかりじゃすぐにお兄ちゃんにバレてしまう。
寺井さんの申し出はまさに渡りに船だったわけだ。

怪盗さんのサポートしてるくらいなんだから、ちょっとやそっとの無茶な頼みごとぐらいはあっさり引き受けてくれそうだしね。


さて、こっからが本番だ。と意気込みも新たに園子の家に着いた連絡を入れてひとまずは日常に戻ることにした。


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