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 28

あたしの今までの調査報告を聞きながら、怪盗さんは時々ノートを捲っては細かいことを質疑応答してくる。
頭の回転も素晴らしく早い上に、怪盗さんの集中力が半端じゃなかったせいで、休憩なしに現状報告までを一気に終わらせたあたしはヘトヘトにバテていた。
買ってきたジュースを飲みながら喉の渇きを潤す。
あー、生き返る!


「それにしても、この短期間にここまで調べ上げたのか?」
『ソレ嫌味かな?それともさっきの説明聞いてなかったわけ?結局のところ、肝心なことはまだ何も分からず仕舞いなんだよ!』


さすがにそう簡単に黒幕の素性が分かるなんて誰も思ってない。
それでも、何かしらの情報が欲しかった。それがどんなに小さな欠片であろうと関係ない。必ず次に繋げてみせる自信があった。
それなのに「あのお方」と呼ばれている大ボスは影さえ掴めやしなかった。
悔しいったらありゃしない。
思わずペットボトルを握っていた左手に力が入る。


「そんな拗ねんなよな。俺だってここまでの詳細なんか知らなかったんだぜ?十分成果は上がってるってこったろ?」
『雑魚共には用がないんでしょ?それなら、そんな下っ端連中調べ上げたって意味ないじゃんか』
「オメーなぁ…俺はその雑魚共も含めて壊滅させてーんだっつーの」
『それなら出来るよ?』
「は?」
『だから、そこにある小ボスとその傘下ご一行が明記されてるとこでいいなら、警察にでも渡せば事実上壊滅させられるだけの物証集めてるからさ』
「はぁあああああ!!?」


怪盗さん煩い!思わず顔しかめちゃったじゃんか。
いくらここが怪盗さんの部屋だからって、もう少しボリュームどうにかなんないのかな?


『あたしとしては、下手に足場崩して肝心の黒幕さんに雲隠れされたんじゃ面倒だからやらないってだけで、怪盗さんが自分狙ってくる雑魚共減らしたいっていうんなら』
「待て待て待て!ちょっと待て!!」
『何さ?』


話の腰を折られたんだから、不機嫌な声が出てしまったのはこの際仕方ない。
でも、怪盗さんは何をそんなに慌ててるのさ?


「オメー、ただの女子高生じゃなかったのかよ!?」
『は?普通の女子高生だけど…今さら何言ってんのさ』
「ただの普通の女子高生が、なんでこんな裏組織の詳細調べ上げられるんだよ!?それに、その壊滅できるっていう証拠とやらはどうやって集めたってんだ!?オメーいったい何やらかした!?」
『…企業秘密、かな?』


すっと視線を逸らしたのは、別に怪盗さんに気圧された訳じゃない。
ただ、「何をやらかしたのか?」と聞かれて素直に答える程、危機管理能力がないわけでもないってだけだ。
話したら最後、絶対に怒られるに決まってるんだからさ。
怪盗さんにもお兄ちゃんにも。それも鬼の形相で。
それが分かってて言えるわけがないじゃんか。
軟禁なんてあんな軽い罰則で済むはずがないんだ。
あり得ないことだけど、お兄ちゃんと怪盗さんが手を組んだらと思うと、考えるだに恐ろしい。背筋が凍るよ。いや、マジで。


「なまえ、テメー俺にも言えねーぐれーヤバいことやらかしてきたのか?」
『そんな大袈裟な話じゃないよ』
「なら吐け」


怪盗さんの地を這うような低い声に、黙ってるのも危険かと思ってはぐらかそうとしたんだけど、あたしの言葉が終わる前に「吐け」と切り捨てられた。
どうしたもんかなぁ…


『怪盗さん』
「んだよ?」
『あたし無傷で無事なんだし、この話題流さない?』
「バーロー!誰がそんな手に乗るかよ!!」


まぁ、このくらいで流してくれるような相手じゃないことはあたしも知ってるけどさ。
怪盗さんもお兄ちゃんと一緒で変なとこで頑固なんだから。


『17人』
「あ?」
『あたしが変装して使い分けてた人数だよ』
「じゅ!?は?俺、オメーには一通りしか教えてねーぜ!?」


怪盗さんが目を丸くして心底驚いたような声を上げた。
そう、怪盗さん直々に教えてもらったのは、「マリア」であたしの部屋に来たあの一回きりなのだ。
でもね、怪盗さん?あたしが「応用」出来ないとでも思ってたわけじゃあないでしょ?


『その一回を応用して使ってたんだよ。髪型は地毛いじったり、お母さんの部屋からウィッグ拝借したりしてさ』
「おま…本当にやっちまったのか?」
『今日来たのは報告ついでに、怪盗さんにその出来栄えを見てもらおうと思ってたのもあるんだよ。自撮りだから正面からのしかないんだけどさ』


老若男女誰にでも化けれて、その出来栄えは知人ですら判別出来ないという警察のお墨付きを持ってる怪盗さんだ。
これで「これじゃあバレるぜ?」なんて言われた日にはもう自分勝手な応用はせずに、素直に教えを乞うつもりでいた。
バレる変装なんて自分で自分の首を絞めて命を危険に晒すも同じだということくらいあたしだって理解してるしね。


『本職から見てどうかな?みんな他人に見える?』
「…」
『怪盗さん?』
「…」
『同じ人間にしか見えない、かな?』


黙って写真を一枚一枚見比べてる怪盗さんに不安が膨らむ。
やっぱり素人が応用、しかも17人なんて数は無理があったかな?


「なまえオメーやっぱスゲーな!」
『え?』
「これじゃあバレようがねーって!どの姿で兄ちゃんに会おうがなまえだってバレねーって断言出来るぜ?」
『それ嘘じゃないよね!?』
「当たり前だろ?このどれと見比べてもオメーと同一人物だって判別する方が無理があるって。それにちゃんと全部他人に見えるしな。血縁関係があるようにすら見えねーよ」


やった!本家本元の怪盗さんから太鼓判もらっちゃった!
どうしよう、今までの人生の中で一番嬉しいかも!!


「やっぱオメーって素質あるよなー。一回教えただけでこんだけ応用が利くなんてのはさすがの俺でも想像してなかったしよ。なまえがやる気あんなら本格的に変装術教えてやろーか?」
『あ、それ前に一回断っといてなんなんだけどさ、あたしも怪盗さんにお願いしようと思ってたんだよね。でも、その前に問題があるっていうか…』
「問題?なんだよ?」
『あたしでも声って変えられるのかな?』
「は?」
『例えば、この声出したいんだよ!って録音したものを持って来たとするじゃん?それ聞いただけで怪盗さんなら問題ないんだろうけどさ。あたしにも出せるようになるかな?ってこと』


これはこの先必ず必要になるスキルだ。
潜り込めるなら、誰かに化けて(しかも比較的自由に動ける人間)潜入した方が確実で深い情報まで探れるはずなんだ。
まぁ、これは怪盗さんの手口が見本なんだけどさ。


『さすがに無理、かな?』


あたしの発言を聞いて悩んでる怪盗さんに恐る恐る声をかける。
誰にでも出来るってもんでもないだろうし、ダメなら


「いや、出来ねーってことはねぇと思うぜ?」
『ホントに!?』
「すぐには無理だろうけど、練習すればなまえならいけんじゃねーか?俺みたいに万人の声を使い分けたいってわけじゃねーんだろ?」


その言葉に期待を込めてコクコクと何度も頷いた。


「いくつか男女の声出せるように練習して…そうだな、分かりやすく身近な人がいいか?それが出来るようになったら“この声出したい!”ってヤツのサンプル持ってきてくれさえすりゃあ、その声が出せるように俺が教えることくれー出来ると思うぜ?」
『快斗大好き!』
「うわぁ!」


感激のあまり、思わず怪盗さんの首に思いっきり飛びつくと、不意打ちのあたしの重みに耐えきれずに態勢を崩した怪盗さんは床に沈んだ。


「あっぶねーな。いきなり何すんだよ?」
『だって、快斗があたしに協力してくれるって言うから嬉しかったんだもん!』
「だからっていきなり飛び つくなよな」


苦笑してため息ついてる怪盗さんの言葉は完全にスル―した。
だって口では文句言ってるけど、怪盗さんの手はなだめるようにあたしの頭を優しく撫でてくれてたから。
お兄ちゃんなら顔真っ赤にして「退け!」って言ってくるのに。
お兄ちゃんは自分からあたしを抱きしめるのはアリでも、あたしからお兄ちゃんに抱き着くのは恥ずかしいと感じるらしいんだよね。
あれはホント理不尽だと思う。


「とりあえず、練習台に誰の声使うかくらいは決めとけよ?女の方が出しやすいだろうけど、男の声も練習すんだからな」
『それならもう決めてるよ?』
「誰だよ?」
『蘭と目暮警部!それが出来たらお兄ちゃんの声!そしたらいつでもお兄ちゃんを家から追い出せるでしょ?』
「…オメー悪用したくて声真似したがったのかよ?」
『違うよ!活用だよ!お兄ちゃんを騙せるくらいの実力がなくちゃ意味ないんだもん』
「物は言いようだな」


怪盗さんは呆れたようにそう言うと体を起こしたから、あたしもやっと怪盗さんの上から退いて座り直した。
体格差があるとはいえ重くなかったのかな?なんて今さらに思う。




だけど、あたしの携帯が着信を知らせたことでこのほんわかとした空気はぶち壊された。

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