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 22

「ただいまー。なまえ、飯ー。俺、腹減っちまってよ…って居ねぇじゃねぇか」


あれから新しいノートを持ち込んで、お父さんの書斎で暗号と格闘してたんだけど、意外と時間が経ってたらしい。
まだご飯作ってないのに、お兄ちゃんが帰って来てしまった。


『お兄ちゃん。おかえりー。これからご飯作るから待っててよ』
「んだよ。まだ飯作ってなかったのか?」
『ごめんごめん。マリアから今日もらった暗号解こうと思ってたんだけど、全然分かんなくてさ。さっきまでお父さんの書斎に居たんだよ』
「んじゃ、その間に俺ももらった暗号でも解くとすっかな」


リビングのソファに座って、お兄ちゃんが怪盗さんからもらった暗号入りの封筒を取り出した。
これでご飯作ってる間に「解けたぜ?」とか言われたら、絶対怪盗さんに文句言ってやるんだからっ!


『お兄ちゃーん、ご飯出来たよー』
「…」
『お兄ちゃん?』
「…」
『お兄ちゃんってば!』


怪盗さんの自信作はやっぱり簡単には解けなかったみたいだけど、お兄ちゃんが暗号を解くのに夢中になりすぎてて、いっくら呼んでも反応がない。
お腹空いたって帰って来たのお兄ちゃんじゃん!
あたしだって暗号解きたいのに、お兄ちゃんの為に中断してご飯作ったんだからね!?


『お兄ちゃんってば!ご飯要らないの!?』
「なまえ、オメーがマリアさんからもらった暗号見せろ」
『はぁ?』
「いいから持って来い!」


全く反応しないお兄ちゃんにイライラして肩を掴んだら、意味分かんないことで怒鳴られた。
もうっ!何だって言うのさ!?


『はい。これだよ』
「…」


お兄ちゃんに言われた通りに書斎に置いてた暗号を取りに行ったけど、お兄ちゃんはあたしの分の暗号を真剣に見つめたまま動かない。
あたしが全然分かんないのに、こっちは簡単だなとか言ったら殴ってやる!


「マリアさん、スゲーな!」
『へ?』
「俺のヤツも全然わかんねぇけど、なまえのヤツも全くわかんねぇ!面白ぇじゃねーか!なまえ、それ解けたら俺に貸せよ。そっちも解きてぇから」
『え?うん?』
「っし!さっさと飯食おうぜ?俺、あれ解くのに集中してぇし。あー、こんなにワクワクすんの久しぶりだな!」


…お兄ちゃんがこんだけご機嫌なのが久しぶりだよ。
何さ、その後光でも差してるようなキラキラした表情は。
なんか、イライラしてたのバカらしくなって来ちゃったじゃんか。


「なまえ、何で今までの暗号は俺に見せてくれなかったんだよ?あんな面白ぇ暗号なら、俺だって解きたかったってのに」
『だから、あの時も言ったじゃんか。解けなかったらお兄ちゃんに聞けば?なんて言われたら、あたしだって意地にもなるよ』


あの時咄嗟についた嘘がまさか今のお芝居で使えるとは思ってもなかったけどね。


「解けた後にでも回してくれりゃー良かっただろ?」
『今までのは、今日のと違って期限付きだったから、そんなこと考える余裕もなかったんだよ』
「でも、あれならなまえが父さんの書斎に籠るのも仕方ねぇな。俺も食べたら行くつもりだし」


お兄ちゃんがご飯の時にこんなによく喋るなんて珍しい。
しかもすっごく楽しそうなんだけど。
怪盗さんの言う通り、あの暗号に意識を奪われて今までのことは全部忘れてくれたらしい。


『…』


夕食の後片付けが終わった後、あたしも書斎に行ったら、お兄ちゃんがめちゃくちゃなペースで資料を漁ってた。
あんなんで内容ちゃんと読めてるわけ?
速読とかってレベルじゃないんだけど。
まぁ、そんなお兄ちゃんのことはムシして、あたしも自分の暗号を解こうと集中することにした。
あたしとお兄ちゃんのパラパラって本を捲る音と、カリカリとペンを走らせる音だけがこの部屋を支配してて、やっとこの暗号を解く足掛かりが見つかりそうだと思わず笑みが浮かんだ瞬間、お兄ちゃんが程よい緊張感で包まれていた静寂を切り裂いた。


「嘘だろっ!?」
『お兄ちゃん、煩い!』


急にガタンと立ち上がって椅子を倒したお兄ちゃんに、思わずあたしも叫んでしまった。
今いいとこだったのに、集中力切れちゃったじゃんか!

カーテンの隙間から太陽の光が射し込んでるってことは、どうやらあたしもお兄ちゃんも徹夜してしまったらしい。


「チックショーっ!!せっかく解けたと思ったのにダミーかよ!!?」
『はぁ?』


お兄ちゃんが地団駄を踏みそうなくらい悔しそうに頭をグシャグシャにしてる。
こんなお兄ちゃんレアだな。
怪盗さん、これ想像してあの時笑ってたのか。


「見ろよ、コレ!やっと解き方分かったと思って解いたら“これはフェイクです。本物は別にあります。頑張って見つけて下さい”だぜ!?あり得ねぇだろ?!!」
『お兄ちゃんに解けない暗号なんてないんじゃなかったっけ?』
「んなもん、意地でも解くに決まってんだろ!」
『でも、もう朝だよ?ご飯は?』
「要らねぇ。腹減ったら頼むからそれまで黙っててくれ」
『…』


自分が喚いてあたしの邪魔しときながら、そういうこと言う?
呆れて言葉もなかったんだけど、こうなったお兄ちゃんが誰にも止められないことはあたしが一番よく知ってるから、黙って書斎を出るとあたしは自分の部屋に戻った。


『もしもし?怪盗さん?』
「ふぁー。んだよ?休日の朝っぱらから起こしやがって」
『こっちは怪盗さんの暗号のせいでまだ寝てないんだよ』
「おいおい、徹夜してたのかよ?で、その成果は?」
『まだ足掛かり見つけたとこだから、これからが勝負だね』
「へぇ?一晩でそこまでいったのか。なかなかやるじゃん」


怪盗さんの上から目線な発言がムカつく。
こんにゃろー…絶対次に会うまでに解いてやる!


「んで?何で電話かけて来たんだ?」
『怪盗さんの暗号のおかげで、お兄ちゃんが今までのことキレイサッパリ忘れてくれたよって報告しとこうかなって思ってさ』
「な?だから言っただろ?」
『ついでにさっきフェイクだったって悔しそうに叫ばれたせいであたしの集中力が切れたから寝ることにしたんだけどね』
「あー、兄ちゃんに渡したアレな、実は解き方30通りあんだよ」
『…』


なんだ、その無茶苦茶な暗号は。


「で、その内の7つが更に暗号になってて、それを解くと答えが出てくんだけど、他は全部バカにしたみてぇな煽り文作っといたから、兄ちゃんハズレ引く度に悔しがるぜ?どの解き方も簡単にはわかんねぇヤツばっかだから尚更な」


今頃怪盗さんは実に愉快そうに笑ってるんだろうなって簡単に想像出来るような声してるけど、毎回あんな風に叫ばれたらあたしが迷惑だ。
あたしが集中して暗号解けないじゃないか。
しかもアレが何度も続くのかと思うと、正直鬱陶しい。


『怪盗さん、あたしがお兄ちゃんのせいで寝不足になったらどうしてくれんのさ?』
「どういう意味だ?」
『推理に夢中になったお兄ちゃんは時間なんか忘れちゃうから、食事も睡眠も減るんだけど、代わりにご飯食べたくなったらあたしが寝てても叩き起こすんだよ』
「迷惑な兄ちゃんだな。普段あんだけ過剰なまでのシスコンぶり曝してるクセに、こんな時だけ自分優先かよ?」
『お兄ちゃんはいつだって推理優先だよ。暗号なんて大好物もらったんだもん。あれは解けるまで止まんないね』
「ちょっとばかしやり過ぎたか?」
『まぁいいんだけどね。怪盗さんのおかげで細かいことグチグチ言われなくなったんだもん。感謝してるよ』
「ならいいけどよ。なまえもあの暗号に夢中になりすぎんなよ?」
『あたしはお兄ちゃんほど推理に心酔してないから、ちゃんと寝るよ。オヤスミー』
「おう。オヤスミ」


怪盗さんとの電話を切った後、爆睡したあたしがさっさと飯作れってお兄ちゃんに叩き起こされたのはこれから数時間後のことだった。

安眠妨害されて不愉快極まりない中、ご飯を作りながら心の中でさっきの言葉を訂正した。


怪盗さん、やっぱり今のお兄ちゃんは迷惑なことこの上ないよ。


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