36.涙の後の日常
結局、あたしが泣き止むまで、新一はずっとあたしを抱き締めてくれていた。
「大丈夫か?」
やっと涙が止まった頃、顔を覗き込まれて聞かれたから、顔を拭いながら返事の代わりにコクンと頷いた。
「じゃあ、帰っか?送ってくから」
新一はあたしの手を握ろうとして、だけどあたしの手に触れる直前でその手を引っ込めて、あたしの前を歩き出した。
それがなんとなく寂しくて不安だったけど、何も言えるわけがない。
帰り道、新一はポツリポツリと言葉をかけてくれたけど、あたしは最後まで一言も返せないままマンションに着いてしまった。
「じゃあ、また明日な」
『うん』
うん、その一言しか言葉にしていないのに、新一は目を丸くして驚いた表情を見せた後、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃあな!」
新一のあんな笑顔、久しぶりに見た気がする。
新一の後ろ姿を見送りながら、そんなことを思って、あたしも自分の部屋へと帰った。
あの日、新一のキモチに気付いて、どうしたらいいか分からなくて、距離を置こうとした。
新一と距離を置いたら、なかったことに出来るんじゃないかと思ったから。
新一のあたしへのキモチも、あたしの新一へのキモチも。
でも、それも出来なくなった。
元々、距離を置いたからってどうすることも出来ないってことなんか分かりきったことなんだけど…。
それでも、自分のキモチを整理するだけの時間が欲しかったんだ。
『明日からどうしよう…』
自分の膝を抱き寄せるとポケットに入れていた携帯が着信を知らせた。
誰からだろうって画面を覗くと園子からだった。
『もしもし?』
「なまえ、大丈夫!?」
『大丈夫って何が?』
「さっき、新一くんがなまえに謝りに行ったって聞いて、急いで電話かけたの!大丈夫!?」
…それ、誰情報なわけ?
ホントについさっきのことじゃない。
園子の情報網、一体どうなってんのよ?
『大丈夫だよ。まだちょっと混乱してるけど』
「新一くん、何て?」
『うん…急がないから前みたいに接して欲しいって』
でも、急に前みたいにって言われたって、出来る自信が、ない。
『園子、あたしどうしたらいいんだろう?』
「なまえ、大丈夫だから落ち着いて?なまえにはあたしたちが着いてるから!」
泣きそうになったあたしの声に気付いたらしい園子の方が慌ててた。
さっき泣いちゃったから、涙腺が壊れちゃったらしい。
「新一くんと二人になるのがイヤなら、あたしたちがなまえの傍についててあげるから!ね?」
確かに今新一と二人で話せと言われても、何を話したらいいのかが分かんない。
帰り道だって結局一言も話せなかったし。
あたし、今までどうやって新一と話してたんだろう。
『ホントに傍にいてくれる?』
「あったり前じゃない!あ、そうだ!明日から一緒に学校行かない?」
『え?いいの?園子遠回りになっちゃうよ?』
「いいのいいの!じゃあ明日から迎えに行くからさ」
だから元気出してよね!って園子の明るい声を聞いてると何だか落ち着いてきた。
ありがとうってお礼を言って終話ボタンを押す。
今までパニクってたけど、よく考えたらあたし告白されたわけでもないんだから、そんなに気負う必要もないんだ。
そう考えただけで、肩の力が抜けた気がした。
何だ。それなら普通に出来るかもしれない。
(あたしのキモチに気付かないフリをするだけなら、慣れてるからきっと大丈夫だ)
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