守れやしなかった。そんな力が無いことくらい、ハナっから分かってた。
それでも、どこか一人これまで生き抜いてきていた自分の力を過信していて、だから、だから。
だからこれは、ムカツクけど、天罰ってやつなのかも、しれなかった。

***は輪の闘員のクセにどこまでも気弱で、どうしてそんな性格で今まで生きてこられたのかと思うほどに脆いヤツ。
與儀だってすぐに泣くし慌てるしうぜーけど、弱くはない。けど、彼女はどこまでも弱かった。
弱すぎていつも一人で泣いていて、けれど輪としてのプライドだけはあるのか、決して仲間の前で泣こうとはしなかった。
泣きそうにはなっても、ぐっと拳を握って唇を噛みしめて耐えて。震える涙腺を必死に上を見上げることで隠し、抑えて。

弱いクセに、なに強がってんだよ。それが彼女に対する自分の評価であり、苛立ちだった。
ただぴーぴー泣くヤツよりは断然好感は持てて、でも弱すぎて鬱陶しいヤツ。***は周囲にその気弱な性格を隠しおおせている腹積もりだったらしいが、逆にそれでバレねぇとか思ってんの?ばーか。
貳號艇のやつらだってアイツが脆弱なことには勿論気が付いていて、それをアイツに悟られないようにサポートすらしてた。
けど、それでは埋められないアイツの“弱さ”までは気が付かなかったらしい。


「…お前さ、ホント馬鹿だよな」


静かに動かない彼女を目の前に、言葉を吐き捨てた。
マジで馬鹿。お前以上のバカとか、この世にいないんじゃねぇか。
自分が弱い事くらいちゃんと自覚して、甘えて、勝手に強がんな。下手に隠して笑ってンなよ。全部分かってたっつーの。
彼女の頬は真っ白で、色はない。いつも楽しげに笑っていた口元は力がなく、強がりの奥に恐怖を隠していた瞳は閉じられて見えない。

ほんと、馬鹿だよなお前。


「死んだら、名前呼べねぇだろうが…ッ!」


ぐっと拳を握ると、爪が食いこむ感触がする。しかしそれも全て無視、痛みなんて感じない。痛み?胸のほうが、よっぽど。

彼女の奥に隠された、“弱さ”。
それは彼女は酷く人が離れていくことに怯えていて、愛されること愛することを欲していたこと。
だから人を傷つけることが無上に恐ろしく、いつも葬送の度に青い顔になって帰ってきた。
それでも彼女は強がりで、「大丈夫だよ、もともとこんな顔色だから!」なんて下手クソな嘘を吐く。
葬送で殺めることも恐れていたが、それ以上に恐れていたのは仲間が傷つくことで。誰かが怪我をした日は一人で震えていたのを知っている。

***と付き合うような関係になってから、彼女のその怖がりは加速度的に増した。
「大好きって、怖い事なんだね」そう青ざめた笑顔で呟いたアイツの顔が浮かぶ。
愛されること愛することを望んでいた彼女は、花礫とそのような関係となることでその望みを手に入れた。しかしそれと同時に恐怖が付き纏うようになって。
手に入れた、ということは同時に失う未来も一緒に連れだってやってくるのだ。愛すれば愛するほど***は失う瞬間を恐れて青ざめて。ホントどこまでも弱いヤツ。
けれどそんな彼女が愛しくもあり、余計に守りたくもなった。
なにせ彼女はそんな風に青ざめながら、それでも尚自分に向かって「大好き!」と思いをぶつけてくるのだ。


「強がりすぎなんだよ、…お前さ」


強く握った拳を開き、彼女のさらさらとした髪の毛を撫でた。
こうすると、いつも嬉しそうに笑っていたっけか。
***のその強がりは鬱陶しかったが、でもそこが彼女の美点でもあって。


―――でも、それで一人になったらオシマイだろ


今回の任務だって、何か予感がしていたのかいつも以上に怯えていた彼女。けれどその怯えは隠して強がって貳號艇から飛び去って行った。
最期まで、強がり。
笑わない姿で帰ってきた彼女の体は酷く冷たく、温もりなど一片もない。その冷たさに唇を噛んで、血がにじむほどに噛みしめた。
きっと彼女が目を覚ましていれば、蒼白な顔で止めてきただろう。「やめて、痛いことしないで、」きっと涙ぐんで、縋って来るのだろう。

愛されることを欲していた彼女は、花礫に名を呼ばれることに大げさなほどにいつも喜んでいた。満面の笑顔で、本当に嬉しそうに。
そんな彼女を自分は自然と守りたいと思っていて、また彼女の方も花礫を守りたいなどと思っていたようだった。

それ、なのに。


「ッ、呆けた顔で寝てンじゃねーよ…!名前呼んでほしいんだろ、***!」


彼女の肩を掴み、揺さぶる。
しかし返事も反応もなく、ただ彼女の力の入っていない腕がベッドから落ちただけだった。

人が自分から離れていくことに恐怖を感じていた彼女。酷く弱かった彼女。けれど強がって泣かなかった彼女。
そんな彼女を守りたいと思ったし、守れるとも思っていた。沢山名前を呼んで、話して、軽口をたたき合って、それから。

それなのに、このザマはなんだ。
いつものように彼女が任務から帰ってくるのを待っていれば、入った連絡。それは彼女が危篤でも重症でもなく、息を引き取ったという知らせ。
その知らせはあまりに急で、頭が拒絶反応を起こしたかのように理解が出来なかった。

何を、俺は守れると思ってたんだよ。
彼女は闘員であって、自分はただの一般人。所詮艇の中の彼女の心しか慰めてやることは出来ず、血なまぐさい出来事から守ってやることはできない。
そんなこと、分かりきってたはずなのに。

既に生々しい傷跡は縫われ、血に塗れていた肌は綺麗に洗われ拭われている。
その顔は寝顔とほぼ同じで、ただ違うとすれば色味。ただ真っ白の彼女は、花礫の目の前で静かに眠っていた。


「…***」


ぽつり、と彼女の名を呼ぶ。

笑顔は、返ってこない。


「………ッ!…くそ、」



弱い君、
名前を呼ぶとわざとらしいくらい喜んでた***、
一人で震えていた***、
愛したい、愛されたいと渇望していた彼女、

花礫が守りたいと、心の底から願った、***。



冷えた***の頬を掴んで額に自らの額を重ねれば、微かに彼女に体温が戻ったかのような錯覚が、した。





(目ェ覚ませよ、ばか)












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