※少々特殊なお話となっております。ご注意を。ほぼ一人語りです。
尚ここに出てくる考えは私個人の勝手な解釈ですので、ご了承ください。







戦って戦って戦って。


沢山の人であったものを殺して、でもいつかの未来のためだと割り切って刃を振り下ろす。
人を救うために人であったものを殺す、と言うある種矛盾したような行動だけれど、そうしなければまた人が死ぬのだ。
彼らを人に戻す術は分かっていないから。
私達がやらなければいけない、終わらせなければいけない。


そんな、強迫観念にも似た使命。


それを、私は無意識に背負い過ぎていたのだろうか。
元々真面目が過ぎる性格だった私。

殺す、人を?いや人じゃない、でも人でしょう?彼らの家族は?友人は?酷く悲しむでしょう。
殺す以外の方法は無い、それなら手を下さなければ全ては終わり始めない。それなら誰がやる?他の誰か?
こんな苦しみを他人に押し付ける?・・・それなら自分でやるしかないでしょう。


―――私が、終わらせなければ


そんな思いが無意識に私の心に巣食い、じわじわと、しかし確実に私の心を蝕んでいったのだ。
それはあたかも病のように、気づかないうちに。

だから、なのだろうか。



彼に、こんな想いを抱き始めたのは。


「ありえない・・・!!」


血が滲みそうなほど、拳を握った。
切れてしまうほど、唇を噛んだ。

ありえない、ありえない、否あってはいけない。

ずきずきと痛む心、涙が滲む視界。
それは全て目の前の男に向けられた感情で―――

傷だらけの私の体、血に染まった衣服。膝をついて私が見上げるその男、は。


「・・・もう屈服か?随分と弱いな」


冷徹な光を宿した、黒白。

任務先で黒白に遭遇した私は、能力を他の闘員に任せ黒白を追った。そこで戦ったのだが、私はこの男より随分と弱かったらしい。
すぐに傷を負い、ぼろぼろになり、ついには膝をついて立つことも出来なくなってしまっていた。


「・・・ッ!」

「持ち帰って実験体にするか・・・?」


思案するように目の前で一人呟く黒白。
本来なら無理してでも立ち上がり、武器をだし、たとえ殺されてでも一矢を報いなければいけないのだ。
それ、なのに。

唐突に湧いた、感情。


―――傷つけたくない


その感情は心の奥からすっと這い出て来て、あっという間に私の心を覆い尽くしてしまった。
どういうこと、どうして。

この男は敵なのに、なんなのこの感情は


意味が分からず混乱し、拳を握る。
心の奥を探って探って・・・そうしたら、更に知ってはいけない感情が出てきてしまった。


それは、一種の憧憬。


本当に私のしていることは正しいのか。善なのか。人を救えているのか―――
そうやって私の中に湧いた疑問、それに答えられる者はいなかった。
善とは酷く曖昧で、時に悪より残酷になるものだ。

しかし、悪は。
いっそ全て壊してしまえる。正しいもなにもないのだ。その行いこそ悪、なのだから。


(人を守ることを止めれば、私も楽になれるのだろうか・・・)


いつのまにか心に巣食い始めていた、悪への憧れ。
それは善への迷いに壊れかかっていた私の心に染みわたり、黒白への特別な感情へとすり替わっていたのだ。

おかしい、こんなのおかしい。私は輪でしょう?誇りを持っていたんじゃないの、この仕事に・・・。
そう思っても、一度溢れだした憧憬の感情は簡単には消えてくれない。

あちら側へいってしまえば、楽なのかな。善か悪かわからない此方側より、迷わないだろうか。
ありえないありえない、そんな感情と憧憬がせめぎ合い、しかし憧憬が心を染め上げてゆく。

そうしたら、いつのまにか呟いていた。


「・・・私を、連れて行って」

「・・・なに?」

「私を、連れて行ってッ!・・・もう、いや・・・おかしくなるの、楽になりたい・・っ」

「・・・。」


正しい正しい正しい、人だったヒト殺すことは本当に正しい事なの?
殺さなければ救えないことは解っている。でも、それは此方側の便利な都合でしかない。

迷って迷って戦って、心が、軋んで。


でも
結局、私の心が弱かっただけなのだろうな、きっと。


「お願い、実験台でもいいから・・・私を、連れて行って!」

「・・・輪だろう、お前は」

「そうよ、輪よ!・・・ッでも、もう、嫌なの・・」

「自らの仕事に矜持もないのか」

「誇りはある、だから余計嫌なの。・・・こんな迷った状態で、もういたくない・・」


私の言葉に、黒白は変わらない冷たい目で私を見下ろす。
もう、いっそここで殺されるのも一つの手かもしれない。


「連れて行かないなら、殺して。・・・抵抗はしない」


腕輪が、カランと音をたてて地面に転がった。
最大限の降伏の意思表示。
ああ、なんて情けないのだろうか、私は。

でも・・・


「もう、疲れたの」


正しいことを考えるのには、もう疲れてしまった。

情けなくても卑しくても良い。
もう、いい

―――お願い、私をそちらに連れて行って


座り込んだ状態で、黒白に向かって手を伸ばす。
それを見た黒白は未だ無表情。


「・・・変わった女だな」

「おかしくなってしまっただけよ」

「・・・・。」

「・・・お願い」

「・・・いいだろう、お望み通り実験体にしてやる」

「―――ありがとう」


伸ばした手は掴まれた。

冷たい黒白の手が私の手首を掴み強く引っ張る。
それに従うように立ち上がり、それからそっと黒白に微笑みかけた。

ありがとう。
ああ、これでもう苦しみから解放されるのだ。悩まなくていい、迷わなくていい。



(躊躇わずに、狂える)



正しい、何が正しいの?正義?命を殺めることが、本当に?
葛藤して悩んで、でも答えなんてでるわけがなくて。

思わぬほどに脆弱で真面目だった私の心は、その矛盾にもう耐えられなかった。


(これに耐えられる人が、きっと真に強い人なのだろうな・・・)



みんな、裏切ってごめんなさい。

・・・さよなら





死に至る病
(それはじわじわと、しかし確実に)





精神を殺してゆく







.