▽空白の記憶


その日から黒白さんは数日屋敷には帰って来なかった。
暇、その一言に尽きる。外に出ることは禁止されているし、この屋敷にはほとんど人気が無く、稀に人がいても私の相手をしてくれるような人ではなかった。もともと人が楽しく住むためにある屋敷でもない、ただ黒白さんが帰宅して仕事をするだけの屋敷のようなので、娯楽と言えばオセロと本くらいしかない。
けれど、本を読んでいたって、黒白さんがいないと全部つまらなくなった。
だからしょうがなく私は、自分のことについて考え始めた。
私は、記憶喪失というやつらしい。
気が付いたら、黒白さんの前にいた。
そのことについて、黒白さんに尋ねたことはない。
だって、嫌われてしまったら、嫌だから。聞かれたら嫌なことかもしれない。とにかく自分の空白について考えてみる。
記憶を失う前は、どんな人間だったんだろう?

明るかったのかな。暗かったのかな。
幸せだったのかな。苦しかったのかな。

何を考えたって記憶の片鱗すら出てこなくて、本当に自分は記憶喪失なのかと疑いたくなってくる。絶対に数年分の記憶が脳に刻まれている筈なのに、なにも思い浮かばないのだ。
本当は最初っから何も記憶など持ち合わせていないんじゃないか?
そういえば黒白さんは、なにか得体のしれない物を作り出しているらしい。
それは、この屋敷に度々訪れる麒春と夏切が話していたことをこっそり盗み聞きしたことから知った。
もしかしたら、私もその作り出された何かなのかもしれない。
「黒白さんに作られた・・?」
そう思うと、ちょっと嬉しくなる。
自分でも少し気味の悪い感情だが、作り出されたということは黒白さんに私は必要とされているということだ。
それが、嬉しい。
「早く帰って来ないかなぁ・・黒白さん・・。」






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mae ato




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