▽私は何も知らない 



記憶の始まった、あの日。その日から私は彼のもとで生活を始めた。
煩わしいことなんて何もない、ただ、静かな日々。
あの人の相変わらずの綺麗で冷たい笑みに魅了されながら、本を読み、屋敷を探検し、窓から空を眺める。
あの人から禁止されたのは、ただ、外に出るなということだけだった。
あの人は、なにか凄いことをしていて、誰かの下について誰かと戦っているらしい。
誰か、が多いのはあの人が何も私に教えてくれないからだ。
「ね、黒白さん」
「なんですか?」
「黒白さんは、いつも何をしているんですか?」
「・・知りたいですか?」
「うん」
「・・秘密、です。」
「・・やっぱり教えてくれないかぁ・・。ごめんなさい、聞いて」
聞くな、とは言われていない。ただ、答えてくれない。
それはきっと人に言いたくないようなことなのだろう。
しゅん、としながら謝ると、黒白さんはそっと私の頭を撫でてくれた。
細い指先が髪の毛を撫でてくれる感覚は、心地が良い。
「いいんですよ***。気になるのは当然ですから」
「うん・・。あ、黒白さん。今って、時間ありますか?」
「ええ、まあ少しなら」
「本当!?じゃあ、オセロやりません!?」
「オセロ・・。いいでしょう。持ってきなさい」
やった、黒白さんとオセロが出来る!
凄く嬉しくて、慌てて黒白さんの部屋から飛び出して自室に戻る。
嬉しい。嬉しい。
最近黒白さんとはあまりお話が出来ていなくて、ずっと寂しかったのだ。
オセロを胸に抱えて黒白さんの部屋に戻ると、何故か黒白さんは入口付近に立っていた。
「・・黒白さん?」
不思議そうな私を見て、黒白さんは少しだけ眉を潜め、言った。
「ああ、すみません***。急用が入ったんです。・・オセロは、また。」
「・・・そっか・・。しょうがないですよね。・・気を付けて行って来て下さい!」
いいんだ。オセロなんていつでも出来る。
背中にオセロを隠しながら、私は笑顔で黒白さんを見送った。



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mae ato




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