花は手折らぬ | ナノ

4.5昭然


!番外編お題箱で頂いた、五条の生徒と夢主が絡むor生徒の話題に夢主が出るお話。
!時間軸は百鬼夜行後の2018年1月下旬から2月くらいので、夢主が五条と結ばれる前です。





 指定された時間に職員室へ来てみたけれど、僕を呼び出した肝心の五条先生の姿は職員室に無かった。これまでにも何回か先生に呼び出されたことがあったけど、先生は約束の時間までに現れたことがない。毎回10分程度遅刻してくるから、まぁ待ってればその内先生は来るだろうと、僕は先生の不在に対しては特に何も思わなかった。
 それより僕が気になったのは、職員室に置かれたソファで眠っている女の人の存在だった。僕の記憶が正しければ、呪術高専の敷地内で初めて見る女の人だった。年齢は僕と同じか少し上くらいで、寝顔を見ただけでもわかるくらい、可愛い人だった。僕が言えたことではないかもしれないけど、呪術師には到底見えないし、格好からして補助監督でも無さそうだ。かと言って呪術高専に全く関係の無い人間がここで寝ている訳がないから……、話だけ聞いたことがある“窓”の人だったりするのかな。
 職員室には先生や補助監督の人のために仮眠用に毛布がいくつか置いてある。けれどその女の人はそれらを使わずに寝ていた。職員室には今、僕とその人しかいないけど、暖房がかけられてはいる。とはいえ、真冬にこんな所で寝ていたら風邪を引いてしまうかもしれない。そう心配した僕は、眠っている女の人に毛布を掛けた。

「おかえりなさい……、悟くん」
「はっ……?! えっ?!」

 小さい声だったからよく聞き取れなかったけど、何かを呟いた後、その人はソファに座ったまま僕の腰あたりに抱きついた。僕はどうすれば良いのかわからなかった。女の人に抱きつかれた記憶は、幼い頃に里香ちゃんにされたのが最後だ。その人が回した腕の力は決して強いものでは無かった。けれど、振りほどくことは勿論、その人の肩に触れて注意を促すことさえ僕には出来なかった。

「ど、どうかされましたっ?
 あ、あの……、すいません。聞こえてます?
 ど、ど、どどどうしよう……。困ったなぁ……」

 情けない話だけれど、唯一僕が出来たことといえば、棒立ちのままその人に声を掛けることだった。何度かそうしてみても、未だ夢の世界に半分いるのか、その人は回した腕を解くどころか、更に回した腕の力を強めるばかりだった。どうしたらいいんだろうと本格的に困り始めたその時、その人の瞼が開いた。一瞬で状況を理解したらしいその人は、勢い良く僕から離れる。

「……ご、ごめんなさいっ!
 悟くんが夢に出てきて、そ、その、貴方は雰囲気がちょっと悟くんに似てるから……、だ、だからその私、間違えちゃったんだと、思います。
 本当に、こんなことしてすみません……」
「そ、そんな、謝らないでください。
 僕は大丈夫ですから」
「あ、ありがとうございます。良かった……」

 僕だって一応は健全な男子高校生だ。この状況に困っていたのは事実だったけど、こんな人に抱き着かれて悪く思うはずがない。むしろちょっとラッキーくらいに思ってしまった。顔を赤く染めながら僕に慌てて謝るその人は、どうやら人違いで僕に抱きついていたらしい。悟くん……って、僕が思い当たるのは呪術界最強のあの人しかいないんだけど、僕が思う人で合ってるのかな。

「ごめんごめん、お待たせーって……、名前?
 硝子のとこにいたんじゃなかったの?」

 勢いよく職員室の扉を開いたのは五条先生だった。先生は今日はサングラスをかけていたけれど、僕と女の人の姿をその目に捉えると、なぜかサングラスを外した。僕らの授業の時でさえ、先生は包帯やサングラスを外さないことの方が多いから、僕はそれをすごく珍しいと思った。

「硝子ちゃんは急に呼び出されたから、ここで悟くんのこと待ってようかなって思って」
「そうなんだ。言ってくれれば良かったのに。
 憂太にもう挨拶はした?」
「あ……、ごめんね。
 私は、窓の苗字名前っていうの。
 あなたは、悟くんの生徒さん?」
「そ、そうです。一年の乙骨憂太です」
「すごく、優秀なんだよね? 悟くんが言ってた」
「そんな。僕なんてまだまだですよ」

 名前さんが言う“悟くん”は、やっぱり先生のことだった。パンダ君や真希さんは先生のことを呼び捨てで呼ぶけれど、先生のことを悟くんと君付けで呼ぶ人は僕の知っている人の中にはいないから、なんだか少し不思議な感じがする。

「そういえば初めましてなのにさ、なんで2人そんな距離近いの?」
「悟くん待ってる間に私寝ちゃってて……、きっと憂太くんが毛布かけてくれたんだよ。そうだよね?」
「あ、ごめんなさい。寒いかなって思ったので」

 先生が露わになっている碧い瞳を僕達に向けて問う。別に先生は糾弾するような言い方をしていなかった。いつもの先生と変わらない、軽い感じの言い方だった。それなのに、僕は何に対して謝っているのかもよくわからないまま、なぜか謝っていた。

「なんで憂太くんが謝るの?
 ここは私がお礼を言わなくちゃいけないとこだよ。ありがとう」
「い、いや、そんな大したことは」
「寝てたってさぁ、大丈夫なの?
 どうかすると最近オマエすぐ寝ちゃうじゃん。
 やっぱりさ、改めてちゃんと検査してもらった方がいいと思うんだよね」
「寝ちゃったのはテスト勉強とかで寝不足が続いてたからだよ。
 悟くんは心配しすぎだよ、私は大丈夫だから」
「そりゃ心配するよ。
 少し前のこととはいえ、あんな事があった後なんだからさ」
「でも検査なら、今までもう何回も大きな病院でしてるし……。大丈夫だよ、私」
「だめ。心配しすぎて心配することなんて無いんだよ」
「本当に大丈夫なのに」
「スケジュール空いてる日、予約入れとくね」

 なんのための検査かは僕にはわからない。けれどしきりに平気だと主張する名前さんの言い分をまるで聞かず、先生は半ば無理矢理名前さんが検査を受けることを決定してしまった。こういう強引なところはいかにも先生らしい。でも先生って、こんな過保護な感じの人だったかな……。生徒を信用してるってのもあるのかもだけど、僕たち生徒に対して、先生が過保護だと感じたことは1度も無い。先生は割といい加減なところもある人だし。だからなんか意外だなぁ。

 僕達に気を使って席を外した名前さんの後ろ姿を見守っていた先生の横顔は、今まで僕が見たことないくらい優しいものだった。だから当然そうなのかと思って僕は質問した。
 
「なんだかとっても……、可愛いらしい人ですね。
 先生の彼女ですか?」
「まさか。違うよ」
「えぇっ? 違うんですか」
「でも、僕にとってすごく大事な子」
「そ、そうなんですか。僕はてっきり彼女かと……」

 先生から返ってきた答えが予想していたものと違って、僕は少なからず驚いた。だけど、彼女じゃないとはっきりと否定するのに、先生はなんでこんなに愛おしそうに名前さんのことを口に出すんだろう。

「憂太はなんで、名前が僕の彼女だと思ったの?」
「えぇっと」
「まぁ、名前は僕のこと好きなのだだ洩れだもんねぇ」
「なんだ。先生もわかってるんですか」
「そりゃあわかるよ。
 アイツは昔から……、ずっとああだからね」

 名前さんが先生の彼女だと勘違いしたのは先生の態度も理由だけれど、一番の理由は、先生と間違えて僕に抱き着いたことといい、名前さんが先生のことを大好きなのがこの短時間で僕にもわかったからだった。先生は名前さんのことを大事だとは言ったけど、彼女ではないと言った。憶測に過ぎないとはいえ、名前さんの気持ちを当人の知らないところで先生に告げるのは良くない気がしたから、僕は先生に聞かれた時答えを言い淀んだ。そしたら、先生は僕が気にしていることをさらりと言ってのけた。ていうか、こうなってくると益々わからないな。

「あの……、き、聞いてもいいですか」
「なに?」
「彼女じゃないなら、一体どういう関係なんですか?」

 先生には珍しく、僕の問いにすぐに答えなかった。僕の問いに対する答えについて、先生は先生自身で少し考えているような仕草をしていた。この時僕には、先生が若干戸惑っているように見えた。実際先生が僕の問いに何を感じたのかは、サングラスをかけた先生からは読み取ることは出来なかったけど。

「………………どういうって、別にどうってことない。よくある関係だよ。
 ただ僕が学生の時、まだ子供だった名前を偶然助けただけ。
 名前は身寄りが無かったから、なんか流れで今も僕と一緒に住んでるけどね」
「それってよくあることなんですか?」

 数十秒間待って言い渡された答えに僕がぶつけた正直な疑問は、先生に無視された。どう考えても、よくあることではないような気がする。

「単純な疑問なんですけど、ああいう人に抱き着かれたりして、好きになっちゃったりしないんですか?」
「……ん?」
「い、いや、あの、さっきその」
「へぇ、そうなんだ。名前が憂太にねぇ」

 話しぶりからして先生は女性として名前さんのことを好きではなさそうだったから聞いてみたら、なんか先生の声のトーンが落ちた気がする。え。心なしか先生ちょっと怒ってない? な、なんで?
 
「も、ももちろん、先生と間違えてですよ。
 なんか先生と僕の雰囲気がちょっと似てて勘違いしたって言ってました。
 と、遠縁の親戚だからかなぁ?」
「当然だよ。なんで名前が好き好んで憂太にいくのさ。
 アイツは僕以外にそういうことしないし」

 先生は笑ってこそいたけど、すごく冷たい笑顔で僕は背筋が凍る思いだった。その後任務の話に話題が移ってからは、幸いそういう怖い先生の片鱗は見られなかったけど、僕は決心した。先生に以前かけてもらった言葉のせいもあって、先生の恋愛事情がつい気になって色々聞いちゃったけど、今後一切名前さんのことは先生本人には聞かないようにしよう。たぶんこれは、僕が気軽に触れちゃいけないことだ。
 ――ていうか今の、口では否定してるけど先生、絶対名前さんのこと好きだよね? しかもそのこと、先生自身も無自覚じゃないよね? これで無自覚だったらびっくりなんだけど。
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