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フェイクニュース


!祓本の五条、夏油2人と付き合ってる話。





 左に悟、右に私と両脇を挟まれソファに座る名前が一心に見つめるのは、私達が先日出演した人気トークバラエティ番組の録画だった。まだ売れていなかった頃から私達を知る名前は、テレビで活躍する私達の姿を見るのが何より嬉しいらしい。毎度のことだが、私達を見る名前の表情は真剣そのものだった。そんな名前の横顔を眺めるのが、私も悟も昔から好きだった。


「お二人共違ったタイプのイケメンで、それぞれに女性ファンも多いですが……、ぶっちゃけどっちの方がモテます?」
「それは傑。
 どんな相手にも優しくするから、すぐ勘違いさせるんだよね。罪な男だよコイツは。
 女性のみなさーん、傑の人の良さそうな笑顔に騙されちゃダメですよー?」
「なんて言われてますが、夏油さん?」
「はは。悟は見た目で近付き難い第一印象を抱かれることが多いんです。
 本当はこの通り軽いし、気を許した人には懐っこいんですけどね。
 だから相対的に私が優しく見えるんじゃないんですか?」
「んなこと言ってさぁ、この前も──」
「なんですか?!
 もしかして、最近の夏油さんのモテエピソード聞けちゃったりします?」
「悟、適当なことを言わないでくれ」
「なになに?! 気になるなーー!
 その辺のこと詳しく教えて貰えたりしません?」
「残念ながら、話のネタになるようなことは何も無いですよ。
 あぁでも、悟は意外に一途っていうのは知ってました?」
「えぇ、それは想像つかない!
 正直五条さんは、めっちゃ遊んでそうだもんな」
「マジで? 全然だよ。
 好きな子にはめちゃくちゃ面倒臭いし、どっちかっていうとむしろ重いかも?」


 いつもならば、画面の中の私達から名前は目を離さないが、今日は違っていた。番組の司会者と私達の会話の中に気になることを見つけたみたいだ。リモコンの一時停止ボタンを押すと、彼女は左を向いて悟に尋ねる。


「悟、この前も、なに?」
「ん?」
「傑に、この前なにかあったの?」


 なぜ私ではなく悟に聞くのか疑問に思ったが、私本人に聞けば、はぐらかされると考えたのかもしれない。だったらそれは正解だ。
 やっと手に入ったんだ。余計な心配をされて、逃げられては叶わない。


「コイツ、何回か共演したモデルに告白されてんだよ。
 しかも今回は、傑のタイプの結構綺麗系」
「……すごいね、モデルさんなんて。
 傑はやっぱりモテるんだ」
「お優しい傑は、オマエには興味ありませんっていうのをそれとなく女にわからせないからなぁ。
 俺と違ってー」
「しょうがないだろう。
 悟が共演者に気を遣わないから、私がその分カバーしないと。
 勿論、丁重にお断りしたさ。
 私には名前がいるからね」
「今回はってことは、これが初めてじゃないんだよね?」
「傑ってば女誑しだからね。俺と違って」


 サングラスをつけていないために、名前も綺麗だとよく褒める、空をそのまま写したような碧眼が今は顕になっている。いつものことだが、その双眸が意地の悪い光を宿しているのに名前は気付かない。
 悟め。わざわざ同じことを二度繰り返さなくてもいいだろう。

 過去から現在に至るまで変わらず、悟も私も、2人で共有する形ではなく、出来ることなら名前を自分一人だけのものにしたいというのが本音だ。
 だが名前は、私達二人が好きだと言った。二人とも好きで、どちらか一人を選べないから、どちらも選ばない選択をするとも。
 名前も私を好いてくれているのに、一緒にいられないなんておかしい。そう感じていたのは悟も同じで、紆余曲折あった後に仕方なしに私達は3人で付き合うことを決め、こうして3人で住むまでになった。たとえ親友であっても、名前が他の男のものでいるのを見るのはおよそ耐えられたものではないが、名前に触れることが出来ないのはもっと耐え難い。名前を手に入れるために、悟と私は妥協するしかなかったのだ。
 悟と私の間で、表面上一応の協定は結ばれてはいる。しかし、少しでも多くの愛を惚れた女から得たいと願うのは、男として至極自然なことだ。何かにつけてまでとは言わない。だがこうやって機会があれば、お互いの株を下げようと試みるぐらいには、私達は水面下で小競り合っていた。


「悟が傑みたいに誰にでも優しければ、多分もっとモテちゃうだろうから、悟はずっとそのままでいて欲しいな」
「言われなくてもそうするよ。
 名前以外の女に優しくなんてしたくないもん」
「……嬉しい」
「あー……、なんでそんな可愛いのオマエ。
 早くヤりたくなってきた。――なぁ、今日は一緒に風呂も入らね?」
「ダメだよ。今日は傑が一番最後に入るんだよ」
「そうだったっけ。
 じゃー傑、先に入ってよ」
「悟、この流れで君はそれを私が承諾すると思うのか?」
「ちっ。ケチ」


 ストレートな悟の物言いに、名前ははにかんで頬を染める。そんな名前を見て、悟は名前を自分の方に引き寄せる。そして、堪らないとでも言うようにきつく抱き締めた。私達二人の愛を一心に受けながら、いつまでも初心で可愛らしい反応をして見せる名前。悟は最早一刻も我慢できないようだ。
 俺が出たらすぐ入れるように支度しといてね、と名前に言い残し、悟はシャワーを浴びるために足早に風呂場へ向かった。

 風呂場からシャワーの音が聞こえ始めても暫くの間は、私と何気ない会話をしながら、名前は先程一時停止をした録画番組の続きを見ていた。だが録画番組が終わると、名前は私の膝の上におもむろに頭を乗せた。そしてそのまま顔を私の方に向け、私に抱きついた。


「名前? どうしたんだい。
 君から甘えてくるなんて、珍しいね」
「……モデルさんって、悟が褒めるくらいそんなに綺麗な人?」
「うん。まぁ、一般的にはそう言えるんじゃないかな」
「傑もタイプの人って、さっき悟言ってた。
 告白されて、傑は嬉しかった?」
「ありがたいことだと思うけど、嬉しいとは思わなかったな」
「仕事だから……、仕方ないってわかってるけど、傑がモテちゃうのは嫌だなぁ。
 傑は……、私のなのに」


 とても小さな声だった。顔を私の腹に埋めているのも相まって聞き取りにくかったが、確かにそれは私の耳に届いた。名前が私の顔を見れないのが惜しい。もし今緩みきった私の顔を名前が見たのなら、名前の何気ない一言で、私がこんなにも満たされることが理解できただろう。名前にはもっと自覚して欲しい。君の一挙一動に、私と悟が一喜一憂しているということを。


「ごめん、名前。
 最後の方がよく聞こえなかったな」
「な、なんでもないから。気にしないで」
「……告白されて、やっぱり嬉しいかもしれないな」
「え?」
「言い方は良くないが、こんな風に名前が可愛くヤキモチを妬いてくれるのなら、興味の持てない女性に言い寄られるのも悪くないなと思ってね」
「もう。何言ってるの」
「君が心配する必要なんて無いさ。
 仕事上必要だから仕方ないが、私だって、本当に優しくしたいと思っている女性は名前だけなんだよ」
「……好き、傑」


 充分わかってくれているとは思うが、心配する必要性が無いことを改めて伝える。それを聞いた名前は今度は起き上がって、私と向かい合う形で私の膝の上に座り、やはり私に抱きついた。

 
「すごく嬉しいけど、困るな。こう可愛いことばかりされると。
 今日君を抱けるのは、私じゃなくて悟なんだから」
「今日は3人でしよって……、悟に頼んでみようかな」
「それはやめな。
 名前を独り占めできる夜に、私ともしたいなんて言われたら、悟の機嫌は最悪になるだろうからね。
 悟に酷くされたいと言うのなら、話は別だけど」
「……悟に頼むのは、やめとく」
「賢明な判断だね。
 あぁ、最後にもう一度言って貰ってもいいかな?」
「なにを?」
「傑は私の、っていうの」
「さっきの聞こえなかったって嘘だったの……?」
「仕方ないじゃないか。名前が独占欲を顕にしたことなんて、今まで数える程しか無いんだ。
 今日君を抱けない私を少しでも憐れと思うなら、言ってくれても良いだろう?」


 名前は恥じらいながらも、私の耳元で先程と同じ台詞を言った。それだけでこれ以上ないくらいに満たされてしまうのだから、惚れた女の前では例に漏れず、私も簡単な男になってしまうものだな。

 



“視聴率女王 女優Y、祓本五条と銀座デート!”

 本誌は共演者キラーと名高い女優Yの次なるターゲットが、祓ったれ本舗の五条悟である可能性が高いことを掴んだ。祓ったれ本舗は、俳優業やモデル活動など、本業のお笑い以外にも活躍の場を広げており、今飛ぶ鳥を落とす勢いの人気若手芸人コンビである。
 芸人とは思えない程整った顔に、モデル顔向けのスタイル五条。彼は芸人でありながら、人気俳優やアイドルを抑え、今年の男性芸能人なりたい顔ナンバー1にも選ばれている程のルックス(相方の夏油もナンバー2に選出されている)だ。なるほど、イケメン好きのYのお眼鏡に適うのも納得である。銀座の隠れ家的レストランに入った2人は仲睦まじく談笑していたそうだ。Yが所属しているSプロモーションと呪力舎は共に、互いに友人であるとのコメントを出しているが......
 


 今日は別々の仕事が入っていた悟の帰りは私より遅かった。悟が帰ってくるなりすぐ、今日発売の週刊誌を片手に、玄関で名前は悟に詰め寄った。


「悟、なにこれ」
「あー、それね」
「ちゃんと説明して……」
「説明するけど、する必要なんてないよ。だって名前がいんのにある訳ないでしょ?
 何度断ってもうるさいからさ、飯くらいなら一回くらい行ってやってもいいかなって。マジでそれだけだよ」


 こう見えて案外、悟は素直な性分をしている。故に、こと名前に関してはとても分かりやすい男だ。名前に詰め寄られた時点で既に、悟の口角は僅かだが上がってしまっている。悟は最近増え始めた演技の仕事にも定評があるから、名前には見抜けないかもしれないが、私にはわかる。これから名前が見せてくれるであろう反応に期待する気持ちを、悟はどうにも隠し切れていない。


「悟は興味ない女の人に優しくしないって知ってる。だから心配なの。
 この人のこと、ちょっと良いとか思った……?」
「思うわけねぇじゃん。
 名前だって嫌ってくらいわかってんでしょ、俺は名前だけだって。
 色々書いてあるけど、マジで飯行っただけだし。それにもうこれっきりだよ」
「本当?」
「はっきり言ったもん。
 好きな子が心配するから、もうこういうことは出来ないって」
「悟が女優さんとデートとか、もう絶対やだ」
「うん、わかった。
 名前が心配することなんてこれまでもねぇけど、もうしねぇよ」


 まだ靴も脱いでいない悟に名前は抱きついた。悟はそれを至極満足そうに受け止め、抱きしめ返す。私の予想よりも長く、名前は悟にくっついていた。それは悟にとっても同じだったようで、なかなか悟から離れない名前を見て、世間から甘いマスクと持て囃されているその顔を、悟は更に蕩けさせていた。悟にこんな表情をさせることが出来るのは名前だけだ。だが一番欲しい言葉は貰えていないようで、悟は名前がその言葉を言うのを待ち続けているようだった。


「だからね、悟とはちょっとの間エッチしないことにした」
「………………は?」


 ようやく悟の背中から手を離した名前を名残惜しそうに悟も解放したが、口を開いた名前が放ったのは、悟が欲していたそれでは無かった。期待していた一言をようやく貰えるかと思っていた矢先、愛しい女からいつ明けるかもわからない禁欲生活を突然言い渡され、悟は訳が分からずぽかんと口を開けていた。


「悟は私に嫉妬させたくて、わざとデートなんてしたんでしょ。
 私が悲しむことわかってて酷い……」 
「ち、違うって。俺がんなことする訳ねーじゃん。だからエッチなしは勘弁してよ。
 そんなん俺、絶対耐えられないんだけど」
「ご、ごめんね、悟。
 私だって本当はこんなことしたくないけど……、でもこうでもしないと悟は、別の人で同じようなことするかもしれないからって」
「…………っ、傑!」
「なんだい」


 そこでやっと、悟は名前と二人きりの世界から抜け出し、事の成り行きを見守っていた私にその鋭い眼光を向けた。


「名前に入れ知恵したのオマエだろ?!
 でなきゃ名前がこんなこと言うわけねぇもん」
「私は悟と違って、名前に妬かれたいが故に意図して他人を利用したりしない。
 これに懲りて少しは反省するんだね」
「は? 人聞き悪いこと言ってんじゃねぇよ。
 名前があんな可愛いこと言ってるの聞いた後に誘われてさ、ただちょっと魔が差したんだよ。
 だってずりーだろ、傑ばっかり。俺だって……、とっくに名前のもんなのに」


 あの日、逸る気持ちを抑えきれない悟は、手早くシャワーを済ませたのだ。そしておそらく、私と名前の一連のやり取りを聞いたのだろう。悟は普段、自分に寄ってくる女性を相手にすることはまずない。そんなことをしてもメリットが無いと分かっているからだ。女性ファンのことを考えればスキャンダルは無いに越したことはないし、浮気男の烙印を押されれば、名前に捨てられる可能性だって浮上する。
 だがこちらに非がない女性からの好意に、名前が何とも可愛らしく反応してくれることを、悟は意図せず知ってしまった。あの時の名前を目撃さえしていなければ、悟が女優の誘いに乗ることは無かっただろう。悟本人の言う通り、魔が差してしまっただけなのだ。


「なぁ、なんで俺には言ってくんねぇの?
 傑は名前のなのに、俺は名前のじゃないっておかしくねぇ?
 名前は俺より傑の方がいいわけ?」
「そ、そんなことないよ」
「こんなのってあんまりじゃん。あんな女のつまんない話に付き合ったのにさぁ、少しくらいご褒美くれてもいいでしょ」
「さとる、動けないから離して」
「やだ。言ってくれるまで離さない」


 後ろから名前を抱き締め、悟は子供のように駄々を捏ねていた。悟が最早取り繕うことさえしていないのには呆れたが、それ程悟にとっては名前の一言は重要案件だということだろう。
 名前が悟の力に敵うはずもない。悟の腕の中から抜け出せない名前は、困ったように私を見ている。その視線に気付いているのに気付かないフリをし続けるのも、いい加減心が痛む。私にはわからないが、普段強気な悟がこうして甘えてくるのに、女性は滅法弱いのだろう。ましてや名前は悟に惚れている。仕方ない。私にも譲れないものがあったが、このままでは埒があかなそうだ。


「いいよ。
 言わないと、悟が意地でも君のことを離さなそうだ」
「悟、顔見て言いたいから……、ちょっと離して」
「ん」
「芸能界には綺麗な人や悟の好きな胸おっきい人もいっぱいいるけど……、余所見しちゃダメだよ?
 悟は……、わ、私のなんだから。わかった?」
「……」
「あんまり見ないで。恥ずかしいから……」


 名前は自分よりも随分背の高い悟を見上げながら言ったから、自然上目遣いになっていた。おまけに悟の腕あたりをちょいと掴んでもいた。言った後に羞恥心が込み上げてきたのか、真っ赤な顔して名前は悟から目を逸らす。それを見た私は俄然面白くなかった。なんだか私の時よりいいじゃないか――。悟も同様に感じたらしく、強請った悟のは悟本人だというのに、その大きな目をぱちぱちと瞬かせていた。


「…………やっば。何今の。
 あのさ名前、それベッドの上でもう一回言ってくんない?」
「もう、悟ってば」
「……忘れたのかい?
 悟は一ヶ月、名前と出来ないと言われただろう」
「は? 一ヶ月ってなにそれ。
 名前、そんなん嘘だよな?」
「えっと」
「嘘じゃないよ。さっき私と話した時そう言ってた」
「傑には聞いてねぇ。
 俺は名前に聞いてんだよ!」
「え、ええっと……」


 悟には酷だが、これくらいの意地悪を私がしたくなっても致し方ないだろう。私だけが聞けたと思った言葉を悟にも言った挙句、それがより可愛い文句になっていたらこうしたくなるのも無理はないはずだ。でも優しいあの子はきっと、そんなに長くは待たずに悟が可哀想だと言い出すんだろう。私は名前のお願いに弱い。いくら不服でも、名前に頼まれたら最終的に許さざるを負えない。だからせめてお願いされるその時までは、悟には我慢をしてもらおう。それくらいは許されるはずだ。というか、そうしてもらわないと私の気が収まらない。

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