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「監督生ってば、ちょっと浮かれすぎ」
「だだだだって」
「まぁ、そうなんのもわかるけどね。あんなん実質告白だわ」
「私にも、そんな風にしか聞こえなかったんだけど……」
「あれじゃね?
 監督生が気付かなかっただけで、もうフロイド先輩的には付き合ってるつもりだったんじゃねぇの。
 あー、心配してマジで損した」
「お前らさっきから、なんの話してるんだゾ?」

 本日最後の授業である飛行術の授業が終わった後、私はエースに肩を貸してもらいながら、オンボロ寮までの帰路についていた。
 なぜ私が、エースに肩を借りなければいけない事態になっているのか、説明しよう。
 例によって魔力の無い私は、皆が箒に乗っている間、校庭を今日も走っていた。その最中に、先程のフロイド先輩の意味深な発言が気になりすぎて、なんと何もないところで転び、足を捻ってしまったのだ。見事に脳内が恋愛ボケしてしまっている。
 一応保健室で見てもらったが、軽い捻挫だった。もちろん、魔法薬を使えばすぐに治すことも出来る。しかし、魔法耐性が無い人間の服用は副作用が出る可能性がある薬のため、控えた方がいいというのが保険医の判断だった。
  
「エース、ほ、ほんとにそう思う?」
「なにがよ」
「だから、その、フロイド先輩的には付き合ってるつもりだったっていうの……」
「んー、まぁね。
 あのフロイド先輩だからさぁ、オレも変に期待持たせるようなこと言わない方がいーかなって思って黙ってたんだけど。
 フロイド先輩が監督生によく構うのだって、周りの奴らへの牽制なんじゃねぇかなって思ったりもしてたんだよね。
 監督生は、どーあがいても学園内唯一の女子な訳じゃん。だから監督生に絡んでくる奴なんて、前は結構いっぱいいたのにさぁ。フロイド先輩が構うようになってから、そーいう奴あんま見なくなったし」
「……そうだっけ?」
「お前はほーんと、フロイド先輩しか目に入ってなさすぎな。
 もっと自覚持った方が良いぜ。
 唯一の女子ってだけで、男子校の中に突然現れたお姫様……、なーんて思うやつもいんだからさっ。ま、オレは違うけど」
「……エースってさ、普段は調子よくて憎まれ口もたたくのに、なんか優しいよね。恋愛ゲームに出てくるツンデレキャラみたい」

 エースはミドルスクールの時に何人かガールフレンドがいたというが、その話が妙に真実味を帯びて来た。ナイトレイブンカレッジは男子校だからわかりにくいけれど、ミドルスクール時代、要領がよくコミュ力が高いエースのクラス内におけるカーストはトップだったに違いない。顔は程よくかっこいいし、とっつきにくくもない人気者。そんな男子に年頃の女の子は弱いのだ。
 
「はぁー? なに、監督生。オレに惚れられても困るよ?」
「なに言って……! 私には好きな人が……!」
「あーもう、またすぐ本気になるー。
 お前が誰を好きか、こっちはうざいほどわかってんだよ。冗談だっつの」

 エースとふざけあっていて、私は気づかなかった。グリムが私とエースを置いて、いつの間にかオンボロ寮へと駆けて行ったことに。
 オンボロ寮に着くと、フロイド先輩が門扉に背をもたれかけるようにして佇んでいた。オンボロ寮の外観はあいも変わらず廃墟同然だが、いつもの景色にフロイド先輩がいることで、見慣れた灰色の景色も変わってくる。フロイド先輩はモデルも顔負けのスタイルなので、背景であるオンボロ寮が、映画に出てくる格式高い洋館のセットか何かに見えてくる。少なくとも私にはそう見える。
 私はフロイド先輩を見つけた途端に、さっきまで肩を借りていたエースから離れた。そんな私に、エースは何か言いたげなゲンナリした顔を見せたが、私だって乙女なのだ。フロイド先輩はそんな心配など全くしないことはわかってはいるが、万が一誤解をされてしまったら嫌だと思う気持ちぐらいある。
 私達に気付くと、フロイド先輩はすぐにスタスタとこっちに歩いてきた。別に早足というわけでもないのに、圧倒的な脚の長さからか、フロイド先輩と私の距離はすぐに埋まる。

「……小エビちゃん、来るの遅いんだけど」
「す、すいません……!」
「ねぇ、早く上向いて」

 フロイド先輩は、苛ついた様子を隠しもせず言った。だから私は、フロイド先輩に素直に従う。
「な、なにを」

 上を向いた瞬間に、フロイド先輩の大きな両手が私の顔を包み、ヴィル先輩も褒めるキメ細かい綺麗な肌がアップになる。そして、柔らかいものが唇に触れた。フロイド先輩に、キスされた。

「放課後ならいーんでしょ? そのために来たんだけど。
 ……オレが覚えてたのに、まさか小エビちゃん、忘れてたとか言わねぇよね?」

 正直に言えば、今の今まで忘れていた。
 キスをされた瞬間には、昼休みにフロイド先輩が言った”ご褒美”のことをきっちり思い出したけれど。
 それにしても、フロイド先輩ったら。確かに”放課後ならいい”と言ったのは私だけれど、放課後がいいと言ったのは、放課後のオンボロ寮で二人きりの時ならいいという意味だ。今のようにエースがいるのでは、放課後であってもダメだということくらい、頭のいいフロイド先輩ならわかりそうなものなのに。

 気分屋のフロイド先輩が”覚えてたら”という条件のもと、約束を守る確率は五分五分くらい。だから、フロイド先輩が言う”覚えてたら”をあてにしない方がいいことは、これまでの経験からわかっていた。半分の可能性なら、最初から期待しない方が、自分が思う結果ではなかった時にダメージが小さい。それでも、いつもの私なら、フロイド先輩が言ったことを忘れはしなかっただろう。
 私の頭の中は、さっきフロイド先輩が言った意味深な一言で、もしかしたらフロイド先輩と両想いなのかもしれないという期待でいっぱいになっていた。そのせいで、フロイド先輩との約束さえ忘れた位だ。
 エースの言う通り、私は浮かれていた。可哀想なほど。

「そーいえば、前から気になってたんですけど、フロイド先輩と監督生って付き合ってるんですか?」
「エース! な、なにを……」

 いつもの軽いノリで、さりげなくエースがフロイド先輩に問う。
 エースってばなんてことを聞いちゃってくれているんだと思った。でも同時に、エースの問いにフロイド先輩がなんて答えるのか、期待をしてしまっている自分もいた。
 フロイド先輩は、なんて答えるのだろう。もしかしたら、先程エースが言った予想が当たっていちゃったりなんかして。実を言えば私だって、エースと全く同じことを思ったことがある。でも、希望的観測だとしか思えなかった。だけど、もし……、もしも、フロイド先輩が、もう私と付き合っているつもりだったら。
 
「オレと小エビちゃんが?
 付き合ってるわけねーじゃん。
 あは、カニちゃん面白いこと言うねぇ〜」

 フロイド先輩は、エースの質問に間髪入れずに答えた。
 迷いのない回答だった。

「え。でも付き合ってないとやらないことしてますよね? ハグとかキスとか……」
「別に付き合ってなくたって、ギューってして、チューしたりしたっていーじゃん。カニちゃんって意外とマジメ?」
「そりゃ、フロイド先輩の言うことも合ってるかもしれないですけど……! 監督生の気持ち、フロイド先輩ならわかってますよね?」
「小エビちゃんの気持ち? なにそれ。
 つーか、カニちゃんって小エビちゃんのなに? さっきからうるせーんだけど」
「……やめてやってもらえませんか。ちゃんと相手する気もないのに、コイツに構うの。フロイド先輩にとってはただの気分かもしれないですけど、監督生は監督生なりにフロイド先輩のこと……」
「エース! いいよ、もう」
「でもさ……」
「いいの。
 すみません、フロイド先輩……。今日は帰ってもらってもいいですか」

 いつかアズール先輩が言っていたことを私は思い出した。「フロイドの行動に整合性を求めるだけ無駄です。確かに、本人からしたらその時は真摯な気持ちで口にすることもあるかもしれません。ですがアレは度を越した気分屋ですからね……。そのときの気持ちがいつまでもつか保証は出来ない」
 結局、私の勘違いだったんだ。全部が今、終わってしまった。


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