bookshelf twst | ナノ




 ふかふかで寝心地の良いマットレスに、滑らかで肌触りのよいシーツ。
 あれ、私のベッドって、こんなに寝心地が良かったっけ……?
 なぜかガンガン痛む頭で私はぼんやり思う。もう少し寝ていたかったから、今が正午前であることを願いつつ、頭の横に置いてあるスマホで今の時刻を確認しようとして、私は思わず目を見開いた。アリアから鬼のようにテンションが高めのメッセージが届いている。その殆どは、『きゃー』とか『やばい』とか要領を得ないものだったけど、最後に届いているメッセージは、まだ微睡の中にいた私を覚醒させるのにも十分過ぎるほど、インパクトがある内容だった。

 Congratulations!![おめでとう!]
 最初から複数プレイだなんてハードだけど、あの二人なら最高よ。
 in the seaに誘った私に感謝してよね!
 月曜日、大学で初体験のレポートよろしく!

「は……?」

 変な声が出てしまったと同時に気付く。
 そうだ、私のベッドの寝心地がこんなに最高な訳がない。ここはどこ……?
 痛む頭で昨日の記憶を必死に手繰り寄せる。確か昨日は、リーチ兄弟とかいうモデルとの遭遇チャンスがあるバーに行くアリアに付き合って……。予想外なことに、私は行ったバーの雰囲気を気に入って、頼んだカクテルは甘くて美味しくて。アリアに付き合ったにしては珍しく、私はいい思いをしていた。だけど、カクテルが美味しくてかなり飲んだことまでは覚えているのに、その先が全然思い出せない。
 私、いつもみたいに地下鉄でアパートメントに帰ったんじゃなかったの?
 ここは絶対に私の部屋ではない。キングサイズのベッドも、ウォークインクローゼットも、高そうなシャンデリアも全部、私の寝室に無いものだし、第一、私の寝室はこんなに広くない。
 アリアのメッセージから、私はどんな人に自分がついてきてしまったのか探ろうとした。だけど、送られてきたメッセージだけ見ても、かなり興奮していることがわかるアリアは、あの二人と書いているだけで、肝心の名前や職業だとかがわかることは何も書いてなかった。
 私は昨日着ていた水色のワンピースのままだったから、何も間違いは起きていないはずだ。でも一応、何か自分に変わった事はないかと、私が自分の身体を恐る恐る確認していると、寝室の扉がぱたんと開いた。

「あ、起きたんだ。おはよ〜」
「ナマエさん、おはようございます。
 昨日はよく眠れましたか?」

 入ってきた背の高い二人はおそらく、私がついてきたであろう人物だった。顔を見て、思わず私はフリーズしてしまった。ぎりぎり叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。
 すらりと伸びた肢体。シーグリーンの髪に、金とオリーブの珍しいオッドアイ。Tシャツにスウェットなんていう格好でも、着る人が着れば様になるんだなんていう感想が思わず浮かんでしまったのは、二人のスタイルの良さを考えれば仕方がないと思う。
 私の目の前にいたのは、アリアがバーで遭遇したがっていた、双子のモデルだった。

「な、な、な、なんで……?!
 なんで”リーチ兄弟”がいるの?」
「おや、僕らのこと知ってくれているんですね。光栄です」
「昨日は全然そんな感じしなかったのに。なぁんだ。オレらのこと知ってるんなら、そぉ言ってよ」
「あ、いや、知ってると言っても、昨日友達に教えてもらったばかりなんですけど……」
「あぁ、アリアさんでしたっけ? あの方、なかなか面白い方ですね」

 確か、アリアに教えてもらった情報によると、今喋った左目が金色の方が”ジェイド”で、右目が金色の方が”フロイド”だったっけ。
 さらりとアリアの名前を口にする”ジェイド”にびっくりした。ていうか、本当になんなんだ、この状況。私がここにいるってことは、昨日、アリアの期待通り、リーチ兄弟はバーに来たってことなんだよね。でも、ここにいるのがなんでアリアじゃなく私なんだろう。どうしよう、本格的に意味がわからない。

「もしかして昨日僕達と会ったこと、貴女は覚えていませんか?」
「ご、ごめんなさい……。帰ろうと席を立ったところまでは覚えてるんですけど」
「えぇ〜! オレちょっとショック。
 最初にナマエちゃんに会ったのオレだったのに」
「まぁまぁフロイド。
 あそこのカクテルは、甘くて飲みやすく女性にも人気ですが、殆どのカクテルがアルコール度数は可愛くないレディーキラーカクテルですからねぇ。ナマエさんが記憶をなくしてしまうのも仕方ありません」
「ジェイド、喜んでるでしょ。
 ナマエちゃんが最初にぶつかったのがオレだったの、気に食わなそうだったもんね」
「おや。何のことでしょう」

 私は、平然とした顔で微笑をたたえながらカクテルについて述べる”ジェイド”をちょっと怖いと思ってしまった。なんでそんなこと、さも常識みたいなノリで話すのか。
 二人は長い脚で足早にベッドに近づく。私を挟むような形で、右側に”ジェイド”、左側に”フロイド”が腰掛けた。

「心配されていると思いますので、先に言っておきますね。
 昨日、酔った貴女を連れて帰りましたが、僕らがしたことは、このベッドに貴女を寝かせた、ただそれだけです。それから貴女が今起きるまで、僕もフロイドも寝室に入りさえしませんでした。
 つまり、僕らと貴女の間には何もありませんでした。安心してください」
「酔ってる女の子に乱暴するほど、オレら女の子には困ってないしね〜」
「フロイド、余計なことは言わなくていいですよ」

 ”リーチ兄弟”が目に入った瞬間から、そんな可能性は殆ど無いと思っていたけれど、改めて、本人の口から事実を言ってもらえて安心した。何も無かったなんて、月曜日に大学でアリアに言ったら、アリアはつまらないと不満の声をあげるだろうけど。
 事実が確認できたところで、私はここの住所を聞こうとした。私は記憶を失くすほど飲んだみたいだから、昨日あのまま一人で帰っていたら、果たして無事に帰れていたかわからない。だから、二人が私を連れ帰ってくれて、しかもこんなに立派なベッドに寝かせてくれたことに、感謝の言葉をきちんと伝えてから、自分のアパートメントへと帰ろうと思ったのだ。
 でも、そんな私より先に口を開いたのは”ジェイド”だった。

「そういえば、僕らの自己紹介がまだでしたね。
 アリアさんから聞いて、貴女は僕らのことはよくご存じかもしれませんが……。
 改めましてご挨拶を」

 ”ジェイド”は思い出したように言って、端正な顔に綺麗な笑みを浮かべた。これからお互いに関わらないだろうに、自己紹介なんて必要ない。別にしなくていい。そう言いたかったけど、綺麗な笑みから感じるはずのない無言の圧が感じられて、私は大人しく自己紹介を聞く羽目になった。
 
「僕はジェイド・リーチ。こっちは双子のフロイド」
「フロイドでぇす。よろしくねぇ。ナマエちゃん」
「僕もフロイドも、これから貴女に関わらせて頂く機会が多くあるかと」

 いや、無いよ! 絶対に無い。私があなた達みたいな美形モデルと関わり合いになるわけないじゃん! なんとなくだけど声に出して言える雰囲気ではないことを感じ取った私は、心の中だけで突っ込んだ。
 私が心中で渾身の突っ込みを入れているのも知らず、更に”ジェイド”は続ける。

「恥ずかしながら、女性にときめきというものを感じた事が、僕もフロイドも今まで無くて。だから、この歳になっても初恋がまだなんです」
「え……? で、でも」
「なぁに。なんか納得してなさそーな顔」

 俄かには信じられない事実だった。だって、こんなにモテそうなのに、初恋がまだなんて、天文学的確率だと思う。っていうか、アリアはかなり遊びまくってるって言ってたけど、それはただの根も葉もない噂で嘘だったの……?

「違っていたらすいません。
 ただ……、友人から、ジェイドさんもフロイドさんも、沢山の女の人と付き合いがあるような噂を聞いたものですから、その、ジェイドさんが言ったことが少し信じられなくて」
「女の子は好きだよー?
 柔らかくてふわふわしてて、いー匂いだし。セックスは気持ちいいし。
 でも、そんだけなんだよね。性欲は勝手に湧いてくるから、昔からテキトーに付き合ってみたりはするんだけど、どの子もすぐ飽きちゃうんだぁ。女の子って、みーんな同じ。
 だけど、なんかナマエちゃんは他の女の子とは違う気がすんだよね」

 ”ジェイド”も”フロイド”も私の言葉を否定はしなかったから、おそらくアリアの言っていたことは本当なのだろう。それにしても、この人たちは私を買い被りすぎている。だって私は、どこにでもいる普通の女子大生だ。通っている大学だって特別優秀なところではないし、何か人と違った特技がある訳でも無い。アリアみたいにすごい美人でもない。どう見ても神様から特別に愛されたような二人に気に入られる要素なんて、どこにも無い。

「そんな……。私だって別に、他の女の子と変わらない、至って普通の人間ですよ。
 フロイドさんが感じてることは、その……気のせい、だと思いますけど」
「は? なに、オレの勘が間違ってるって言いてぇの」
「い、いえ。そういうことじゃなくて」

 私が反論すると、ニコニコと笑っていた顔が急に真顔になった”フロイド”。何この人、さっきまで上機嫌だったのに。テンションがジェットコースターなんだけど。怖い。超怖い。

「貴女には……、何と言えばよいんでしょうか。一目見た時から、何か違うものを感じました。推測するに、これが世間一般で言うときめきに当たるのではないかと」
「一目惚れともまた違ぇんだよね。ナマエちゃんって見たとこ、オレの好みでもジェイドの好みでもねぇしさぁ。
 もっと感覚的に訴えられた感じ。
 なぁんかオレ、絶対ナマエちゃんのこと逃がしちゃダメな気すんだよねぇ」
「こんな気持ちになるのは、僕もフロイドも初めてなんです。
 優しい貴女は、そんな僕らのこと、見捨てないでくれますよね?」
「この胸ん中の変なのが一体なんなのか、オレらに確かめさせてよ。ねぇナマエちゃん、お願い」

 笑っているのに目が笑ってない。人に笑顔を向けられて恐怖を感じたのは、人生で初めてだった。最早これは脅しなのではと感じてしまうほど、この二人は怖かった。この時点で私は、既にこの二人と関わりたくないと思い始めていた。だけど、綺麗な笑顔から見え隠れする物凄い圧に、遂に私は負けてしまった。結果、二人の住んでいる家から出る頃には、私のスマホには新しい連絡先が二件登録されていた。
 出来ることなら、今後一切彼等から連絡が入らない事を願いながら、私はアパートメントへ帰ろうと、地下鉄の駅に向かった。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -