或る帽子の男について

*リクエスト:コナミくんの魔性について/コナミ夢


コナミは不思議な男だった。トレードマークの帽子を深く被り、常にポケットにはごちゃごちゃとものが溢れ、無口かと思えば伴侶だのなんだのと赤面もののとんでもない台詞をさらりと吐いたりする。ともかく人との関わりに頓着といったものがないようで、特に理由もなく、異性だろうが気難しかろうが『親友』になってしまうし、その親友が嫌悪する人間にもあっさりと近付くことも常である。それはコナミと関わってしまった人間は知っている――いや、否応なしに気付いてしまうのだが、しかし誰もコナミとの関係を切り離そうとはしなかった。できなかったのである。コナミはいつでも自分の『一番の』理解者だからだ。これは魔性とでも呼ぶべきだろうか。

コナミのスケジュールはいつも満杯だ。午前中は誰それの買い物に付き合い、また昼時には誰かのランチに付き合い、夕方には決闘が申し込まれて、夜は怪しい誘いまできたりする。しかしそれを全て従順に守った日は数えるほどもない。低血圧で寝坊ばかりするコナミを毎日のように誰かが理由をつけては起こしに来る(何故かコナミは自室に鍵をかける癖がなかった)し、そのままあれよあれよと誘われていつのまにかどこかでデュエルをしていたりする。コナミは拒否というものをしない。それは博愛ではなく、酷く甘い寛容と優しさと無頓着である。


「…馬鹿じゃないの」
傘もなく、ずぶ濡れになってやって来たコナミに名前はそう毒づいた。カフェテラスの時計が差しているのは約束を二時間も過ぎた時刻。馬鹿なのはどちらだろうかと、彼女も分かってはいる。
コナミはポケットから地味なハンカチを取り出すと、殆ど濡れていない名前の髪を拭い始めた。帽子の影の中で光る琥珀と視線が交わる。うつくしいと思った。目の前のずるい男は、この瞳に何人のこんな姿を映しただろう。一人の客もいないテラスのまだ乾いた部分を、コナミから落ちる水滴が濡らしていった。
視線に耐え切れず、名前はコナミからハンカチをひったくった。きょとんと目を丸くするコナミにかまわず、濡れて赤がエンジになってしまった肩や胸元を拭く。こんな処置にキリなどないが、コナミのやわらかな瞳が「ありがとう」と告げているのが分かって、名前は顔が熱くなるのを感じた。手はこんなにも冷えているのに。

「…このままじゃ風邪を引くから。私の家に来て、そこでデュエルの相手もしてよ」

コナミが頷き、名前の手を取る。不思議なことにコナミの手はとても暖かかった。冷えてしまった手を温めるように指のはらでそこを擦るので、名前は恥ずかしくてたまらなかった。コナミの表情を窺うように見ると、その唇が荒れていることに気がついた。

「あの…ちょっと、」

名前がコナミの手を離し、鞄の中身を探り始める。そこからリップクリームを取り出すと、キャップを外しコナミの胸元を引いた。

「じっとしてて」

数ミリ出た固形クリームの部分を、コナミのかさついた唇押し当てる。
自分のしていることの実質的な意味に気がついたのは、その時だった。あまりに遅かったが、震えそうになる手でそこにクリームを塗りたくっていく。雨の匂いに混じり、微かなミントの香りが二人の間に漂う。あまり、そんな目で、見つめないでほしい。
ほどなくして塗り終わった。スティックを離しキャップを閉めると、名前はいたたまれずそのリップクリームを差し出した。

「あの…このリップ、私には合わなかったの。あげる」

コナミは受け取ると、ありがとう、と口を動かした。
彼女は気に入ったものはポーチに入れることも、このリップクリームがポーチから取り出されたことも、コナミは気付いている。


*

「ありがとう。使わせてもらう」

遊星はリップクリームを受け取ると、小さな口を僅かに綻ばせた。
昨日の雨が嘘のような、気持ちのいい快晴だ。先程のタッグデュエルでの圧勝も合わせて気分がいい。コナミのデッキがまた自分とやりやすいように――というより、自分をぴたりとサポートするものに変化していたのもあるだろう。タッグが専門だというこの珍しい男は、自身と同じくらいに無口で、程よくずぼらで、そのせいか波長が合うのを何となく感じていた。『パートナー』といのは、こういうものだろうか。また同じように見てくれなど気にしないコナミから、リップクリームを贈られたことには驚いたが。手袋ごしに自分の唇に触れると、確かに少し荒れているらしいことに初めて気がついた。

「コナミは優しいな」

自身のデッキを眺めるコナミにそう言うと、コナミは顔を上げ、少し困ったように笑った。遊星ほどじゃない、と。気のいい男である。













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end
2011.04.05



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