期間限定に弱くて何が悪い

*リクエスト:遊星とフィールさん夢/不動兄弟小話


ひどく気分がいい。
アクセルを踏み込むと涼やかな風が頬を掠めて、それがやけに爽快でたまらなかった。音の調子もいい。メンテナンスを頼んだ翌日は、これだからつい遠出したくなってしまう。

あそこの店は小さいながら、エンジニアの腕はピカイチだ。昨日は店長ではなく若い方(まだ高校生のアルバイトだという!)が私の愛車を担当してくれたのだが、完璧な仕上がりに加えて、ご丁寧にお手入れのやり方まで教えてくれた。流石、あの店長が目をかけているだけあるというものだ。あれはきっといいエンジニアになるだろう。
しばらく適当に流していると、陽も傾き始めてきた。今の時間ならスーパーが安売りを始める時間だろう。ここからだと自宅から二番目に近い店が適当だ。冷蔵庫には何があったかと思い出しながら、大通りへハンドルを切った。


買い物カゴを腕に下げ、ぶらぶらと慣れない店内を物色する。どこに何が置いてあるかいまひとつ分からなくても、最寄のそれとはまた違うラインナップに新鮮な気持ちになるだけでも楽しいものだ。さっきも珍しいハーブ入りのトマトピューレをついカゴに入れてしまったばかりである。
綺麗に陳列された調味料やフレグランスの数々を眺めていると、ふと、向こうのお菓子のコーナーにいる男性が目にとまった。見覚えがあった。ああ、そうだあの特徴的な髪は、昨日メンテナンスとしてくれた彼だ。偶然にしてもこんなところで見かけるとは。

彼の視界に入らないようにゆっくりと近付いていく。昨日着ていた作業着ではなく、いかにもな学生服に身を包み、その瞳の色に似たマフラーをしていた。背後から覗き見ると、手にしていたのは某有名メーカーの期間限定品である苺味チョコレートだった。
(……なんか、かわいい)
無口で硬派そうな見た目や仕事ぶりとのギャップに心が浮くとともに、ふつと、悪戯心が擽られた。

「あの、不動さん」

照れるようなリアクションを淡く期待して後ろから話しかけたのだが、彼の反応は予想以上のものだった。天敵の気配を察知した小動物のごとくビクッと肩が跳ね、見比べていたらしい菓子をバサバサと落とし硬直した。それに私も彼に負けないくらい驚いたことは言うまでもない。
気まずく何とも言えない空気で、なにか言葉を口にすることもできず、恐る恐る彼の表情を窺うと、彼もゆっくりとこちらを見た。大きな瞳に困惑を浮かべ、まるで未知の生物と遭遇したかのような顔をしていた。

「あ……その、不動さん、ですよね。昨日お世話になった」
「え、あ、……」

不動さんの返答は歯切れが悪く、もしかして人違いかと一瞬思ったが、この人を見間違えるだなんて流石にないだろう。目線がうろうろする不動さんに疑問を覚えながら落ちたものを拾うと、彼は慌てて受け取り、マフラーに口元を埋めたまますみませんと小さな声で言った。

「あの…ごめんなさい、突然声をかけてしまって」
「いや……その、オレは、多分…」

互いにうまく言いたい言葉が出ず、もごもごと口が重い。予定ではこんなはずではなく、そう、冗談めかして可愛いものを見る姿をからかおうと思っただけなのに、一体どうしてこうなった。というか、バイト先以外で話すのは初めてとはいえ、不動さんはこんなキャラだっただろうか…。

「…苗字さん?」

後ろから名前を呼ばれ、驚いて振り返ると、あ、と思わず声が出た。そこには不動さんがいた。いや、どういうことだ。みっともなく動揺しながら前に向き直ると、そこにはやっぱり先程まで話していた不動さんがいた。混乱しながら見比べるが二人の違いは僅かな身長差とマフラーの有無くらいである。

「あ…、兄貴」

あに、き?
すっかり困惑した私を見て、マフラーをしていない方の不動さんは察したような顔をして、少し口元をほころばせた。

「苗字さん、こんにちは。昨日はありがとうございました」
「はあ、えっとお二人は…」
「はい、兄弟です」
「ああなるほど……」

落ち着いてよくよく見ると、確かに二人は何となく雰囲気が違う。しかしそれにしても顔やその他見た目は双子のように瓜二つだ。同じ学生服を着ているせいで余計にそれを感じるのか。

「そういえば、あれは見つかったのか?」
「あ、いやあれは…」

さりげなくお兄さんの後ろに身を引いていた彼は、そう質問されて口ごもった。それをよそに不動さんは辺りの棚を見て、目当てのものを見つけると嬉しそうに手にとる。さっきまで弟のほうが見ていたチョコレートだ。

「ああ、あってよかった。帰ったら一緒に食べような」
「〜〜ッ!!」

そう言われて真っ赤になった弟は、その顔をマフラーで隠すように俯いた。

「あはは、仲がいいんですね」
「はい、よく言われます」

爽やかに肯定するお兄さんに耐えられないのか、弟はぶんぶん首を横に振る。照れなくていいのに、と頭をぽんぽんと撫でられる彼は今にも羞恥で泣きそうになっていた。

「苗字さんは夕飯の買い物ですか」
「ええ、そんなところです」
「お疲れ様です。よければまた店に来てください、サービスしますから」
「ありがとうございます、それじゃあ是非また」

スーパーのカゴとかわいい菓子を持って、肘で小突き合いながらレジの方へ向かう二人の後ろ姿を見送る。一瞬だけ弟がちらっとこちらを振り向いて、小さく会釈するとまたそそくさとそっぽを向いた。

無意識にポケットに手を入れ、愛車のキーを確認してみる。たまには遠出もいいものだ。
カラフルな棚をじっと眺める。箱一つ分のスペースが空いたところに手を伸ばし、それをひとつ取ってカゴに入れた。








‐‐‐‐‐‐‐‐‐
end
2011.10.13



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