君と罰
*リクエスト:怒る遊星/サテライト時代/ちょっとグロ
不動遊星は温厚な人物である。と、彼の友人らの殆どはそう認識している。
口数は少なく無愛想面も治らないが、弱き者を慈しむ心は誰よりも深く、それ故に仲間からの人望は厚い。少し不器用な面も持つ好青年といっても遜色はない。
「遊星!ジャンク山でコレ拾ってきたの。でも使い方がよく分からないんだ」
「…見せてみろ」
「ね、売れそうかなあ」
しかしそれも、あくまで周囲からの評価である。彼自身はというと、自分をできた人間だと思うことなどなく、ただ己の信念を心に置いて行動するだけだ。それは謙虚と言うにはいささか語弊があり――単純な話、彼は極端に顔に出ないのだ。苛ついても爪を噛まないし、憤りは言葉にしないし、愚痴よりも我慢強さが勝る。ただ歓喜の表れをその控え目な口元でそっと示すくらいのものだ。
これでは温厚というレッテルを貼られるのは自然なことかもしれない。しかし彼は自分のことを、微塵も温厚などとは思っていない。温厚とはかけ離れたな口調を隠すように、無口になる程度には。
「…どう?」
「……」
そんな“温厚”な遊星が怒りの感情を口にする対象は、主にふたつ。「不正」と「侮辱」である。彼は、何かを真に得るにはまっとうな努力が必要だと信じている。そしてそれを踏みにじるような行為、中傷には普段は動かさない眉も寄せた。
これは彼にとってのモラルや誠実というよりは、ただ単に、「正義」の問題なのだ。詰まるところ信念である。
「……綺麗すぎる」
「え?」
「これは、拾ったものじゃないだろう」
遊星は手の中の機械から、ゆるりと名前の瞳へと視線を移した。まるで見透かすような――いや、すでに見透かしているのだろう。名前の唇が微かに震えた。空気がつめたい。
「……」
「答えてくれ」
「…だって、仕方ない」
「仕方ない?」
「こうでもしないと…女で力もないし、遊星みたいに頭もよくないし!」
窃盗。それは彼女にとってのライフラインだ。生きる術としてこれは仕方のないことなのだと、自分に言い聞かせるように吐き捨てる。
しかしそれと同時に、遊星の瞳の色にその感情が吸い込まれるようだった。とうに置いてきた罪悪感が、背中を引っ張って纏わりついてくる。湧き上がってくる。
「…そうか」
遊星は無表情のまま、機械を机代わりの木箱の上に置く。
「名前は、まだ分かってくれないんだな」
そうしてゆっくりと、床に転がっていたスパナを手にした。名前の肩がビクッと跳ねる。遊星は、怒っている。とても怒っているのだ。だって、こんなに、仕草も表情も無機質のようで…
「窃盗は、罪だ。罪には、罰が与えられなければならない。」
「なに、を…」
「大丈夫だ。名前の肌は白くてとても綺麗で、好きなんだ。だから、俺が罰を受けよう」
「――、っ!」
息を呑む間もなく、スパナは勢いよく振り下ろされた。それは遊星の左腕に強打し、鈍い音をたて、骨が砕ける音が響く。
「や、やだっ、やめて…!」
「窃盗は罪だ。名前は、してはいけないことをしたんだ」
スパナは容赦なく、何度も何度もそこを打ちつけ、左腕はすでにおかしな方向に曲がっている。
名前は見ていられず、咄嗟に遊星の右腕を掴んで制止した。足は震え、目には涙が溢れてくる。後悔ではなく、恐怖の涙だ。
「ご、ごめんなさい…遊星っ、ごめんなさいぃ…」
「もう、しないか?」
「しない、しないから…」
「ラリーに変なことを教えたりはしていないか?」
「……うん…、」
「いい子だ」
スパナは、カランと音をたてて地面に落ちて転がった。
泣きじゃくり、言葉もうまく出てこない名前を遊星はいとおしげに見て、綺麗なままの右腕だけでそっと抱きしめた。彼の腕はとても温かく、彼女への愛で満ちている。
そう、彼は温厚な男なのだ。
「分かってくれて嬉しい、名前」
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end
2011.09.11