甘縒りの午後

*リクエスト:クロウ夢


テスト期間が終わるのを見計らってか、遊星から久しぶりに顔を見せに来いとの連絡があった。断る理由もないし何よりみんなに会いたかったので有難い誘いである。そんな経緯があって素直に学校帰りにガレージに寄ったのだが、そこで待っていたのはとても珍しい光景だった。

ダイニングのテーブルで、クロウが本やノートを開いて唸っている。これはどうしたことだろう。もしかして配達業の経営がうまくいかないのか、はたまた帳簿が合わないのか、それとも…家計がいよいよ崖っぷちで火の車なのか。そうだ遊星に呼ばれた理由がカンパだったらどうしよう。そんな大盤振る舞いができるほど私の財布は緩くないぞ。
いずれにせよクロウの悩みといったら経済状況に関すること、みたいなイメージができてしまっているらしい。ごめんでも殆ど間違ってないよね。

「こんにちは、クロウ」
「…おー。元気そうだな」
「なにしてるの」
「見りゃ分かんだろ。勉強だよ、勉強」
「勉強?事業とか経営の?」
「…あのなぁ」

クロウはやれやれと呆れたような溜め息をついてみせた。これだからシティの嬢ちゃんは、とでも言いたげである。まあその通りだから仕方ないことだ。
でもクロウが勉強だなんて一体何を学ぼうとしているのか、お金に関すること以外になかなか見当がつかない。もちろん守銭奴ではなく苦労人という意味でだ。
そう隠している様子もないので、広げている参考書らしきものを覗きこんだ。

「えーと…漢字の参考書?」
「ああ」
「…これって小学生向けのじゃ」
「わっ悪いかよ!」
「そんなこと言ってないよ」

クロウはむっとした表情で視線を机に戻した。そうしてもう一度かったるい溜め息をつく。見ればノートの隅っこには落書きやミミズが這ったような鉛筆の痕がいくつかあり、どうやら苦戦しているようだった。

「…読めねえんだよ」
「え?」
「簡単なのと…手持ちのカードとか知り合いの名前くらいは粗方分かるけどよ。客の名前や地名が漢字だと、読み方がどうにもな」
「ふーん」
「間違えるわけにもいかねーし、いつも遊星に聞くのもアレだし…少しは自分で覚えねえと」
「……」

そういうことか。確かに私に話して気持ちいいことではないかもしれない。それはもうシティの恵まれた教育制度の恩恵を受けてぬくぬくとお勉強していた私である。クロウがどんな気持ちで勉強に唸っているかときかれてもピンとこないどころか、同情の念すらいまひとつ覚えがたかった。とはいえ彼が同情などされたくもないことくらいは解っているつもりだ。
そして言ってしまえば私にとってのクロウも似たようなものである。我侭に近い悩みや侘しさなら知られたくもない。環境が違いすぎて距離感がうまくつかめず何となく気まずい思いをすることは、むしろクロウの方が体験しているだろう。

「…なに見てんだよ」
「クロウの勉強の様子を」
「んなこた分かってら!気が散るんだよ」
「クロウそこ間違えてるよ」
「え」
「そこの横線二本じゃなくて三本」
「…ぐ」
「そうそう」
「……」
「…あっ書き順ちがう」
「う、うるせー!細けぇこたあいいんだよ」
「細かくないよ」
「ぬ…書けりゃいいだろ」
「綺麗に書けないよ」
「書ける」
「いや書けてないから」
「じゃあお前書いてみろよ」
「……ほら」
「………」
「何か言うことでも」
「…暇ならちょっと付き合え」
「え?」
「教えて下さい」
「よろしい」
「…あれ、そういえば遊星は」
「ん?ブルーノと一緒にパーツ漁りに行ったぜ」
「ほおー」
「なんか用でもあったか」
「全然。それよりハイ集中」
「へーい」


成程。仲間のためか私のためか知らないけども、あの唐変木もたまには粋なことをするものだ。

まあ、私が精一杯できることなんてこのくらいのことだ。かわいい女には、とても、なれないから。










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end
2011.09.01



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