きみはこいびと。

*リクエスト:遊星をからかう話


最近の遊星、おかしいんだ。
なんか変になっちゃったみたいに働いてる。すごくフラフラしてるのに毎日工場に来て、それが終わったあともジャンクで売り物を作って…一日中ずっとだよ。ちゃんと食べてないみたいだし、クマも日に日にひどくなってる。人払いすることも多くなったし…オレ、心配なんだよ。でもそういうこと言ったら遊星はオレのこと子供扱いして、だいじょうぶだって笑うだけなんだ。
ねえクロウ、遊星どうしちゃったのかな。何かオレにできることがあるなら喜んでしたいよ、でも…遊星に何をしてあげたらいいのか、わかんないんだ。


*

「恋人が、できたんだ」

息苦しい収容所から出たら、とりあえずはここに来るのが習慣になってきていた。そしてお互いに相変わらずの近況報告をする、はずなのだ。
しかし今回はラリーが心配するように異常なものだった。遊星は自分とこうして話す時はいつも目を合わせて話すものだったが、今日はレンチでなにかよくわからない機械を弄ったままで、そして妙に、うれしそうである。クロウにその光景は幸せそうというよりなにか奇妙で、不気味にすら感じた。
確かに遊星が、おかしいかもしれない。

「恋人…って、お前に?」
「ああ。そうだ」
「へ、へえ…」
「なにか変か?」
「…いや、べつに」

この短い会話だけで、嫌な予感がした。恋人。恋人?遊星に?いや遊星が恋人を作ること自体には何ら問題などないが、どうにも気持ちの悪い違和感がある。
――そうだ、ここが、サテライトだということ。そしてそんな狂った場所で、比較的マトモな遊星が、恋人を作ったといこと。

「あー、その…どんなヤツなんだ?」
「黒髪で…歳は知らないが、おそらく少し上だ。彼女は名前をあまり人に教えたがらないから、それは言わないでおくよ」
「…ふーん」

遊星の表情はよりやさしく、儚げな微笑みを映した。大きな目の下には黒い影が落ちていてどう見ても憔悴しているのに、実に幸福そうである。
おかしい、絶対におかしい。あの無口で無愛想で、しかし聡明で情にあつい、あの遊星が。いつからこうなっていたのか。

「つかさ、お前…最近ムリしてねーの?すげー疲れた顔してるぜ」
「ああ…でも大丈夫だ。彼女に贈り物をしたくて、俺が好きでやっているんだ」
「…は?贈り物って、」
「この間は、ネックレスをプレゼントしたんだ。すごく喜んでくれた。今度はピアスが欲しいと言っていたから…少しずつ金を貯めてる」

クロウは唖然とした。恋人だ?いやこれは、完全に利用されているとしか思えない。遊星はただの財布で都合の良い男でしかないことは、もうこれだけの話でも明らかだ。さぞ相手の女はこんなに献身的で愚直な好青年を好きにできてご満悦だろう。でなければ、また他の男にも抱かれては遊星に対するのと同じ愛を囁いているのかもしれない。こんなやさしい男を、遊星をこんなにひどい目に遭わせておきながら。

「おい、それって…もう騙されてるとしか思えねーよ」
「騙す?彼女が?」
「ああ。そのへんの娼婦かぶれがたかってるだけだろーが」
「…そうかもな」
「……、ったく目ぇ覚ませよ!お前だってそんなバカじゃねーだろ!」

つい声を荒げたクロウに、遊星は目をまるくした。クロウはその顔も知らない女が憎くて仕方がなかった。騙す騙されるという話ではない。大切な友人がしょうもない餌でたぶらかされて変わってしまったことが、何よりも許せなかった。


「…何を言ってるんだ、クロウ」
「…あ?」
「俺も彼女も、こんなに幸せなのに。なにがいけないと言うんだ」
「幸せ?金だけが目的の女に貢ぐことがか?」
「ああ。俺は彼女の我侭がかわいいんだ」
「……お前なぁ…」

ここまで頭の螺子がすっとんでいるとは――クロウはもう、溜息しか出なかった。だめだこいつ、完全に頭がわいている。いっそ一度相当にひどい目に遭わないと思い知らない人種なのだろう。クロウからすれば、実に実にあわれである。

「すまないが、そろそろ彼女が来る。悪いが…」
「あー、分かった分かったよ。もう好きにしやがれ」

クロウは頭をかきながら立ち上がった。しばらく遊星の熱が落ち着くまでは待つしかないだろう。
遊星は手の中にある機械を撫でた。いい出来だ、これならいい金になるだろうとか、そんな手つきに見える。虚しい男だ、とクロウは思った。




「遊星」

名前は艶のある黒髪を揺らしてやってきた。彼女に気付いた遊星は口元を綻ばせ、駆け寄って挨拶の軽いキスをする。端からすれば見るも恥ずかしい、仲睦まじい恋人同士であろう。ここが薄暗い廃棄された地下鉄跡でなければ。

「…そういえば、もうすぐピアスが買えそうなんだ。楽しみにしていてくれ」
「えっ?そんな、無理しなくてもいいのに」
「いいんだ、名前の喜ぶ顔が見たい。…今度は、きっと前よりいいものを贈ろう」
「本当?遊星優しいのね、ありがとう!」

名前の抱擁にめいっぱい応えるように、遊星も彼女の背中にまわす手にいっそう力と愛情をこめた。彼女の髪からは上品な、嗅いだことのない香りがする。お洒落な彼女はまた新しい香水をつけているのだろう。

遊星は、知っている。自分が都合のいい男だということも、彼女はきっと自分を愛していないことも。しかし幸せなのだ。ああ、幸せでたまらない!何と言おうが、いとしい彼女がこんなにも笑顔なのだから。


ちなみに――これは確かな統計というわけではないが――サテライトの女性の9割は娼婦、その中の3分の2が性病、だという。









‐‐‐‐‐‐‐‐‐
end
2011.07.19



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