ガラクタ遊び

*リクエスト:プラシド寄り三皇帝ほのぼの


「このっ、ポンコツがああああ!」

パァン、と乾いた音が静かな空間に響いた。強烈な平手打ちに名前はよろめいたが、手に持っていた盆はしっかりと抱えている。その立て付く様子が気に入らないのか単に不機嫌なのか、プラシドはこれ見よがしに舌打ちをした。
実にのどかな午後の時間帯である。その光景をちらりと見たルチアーノは、まーた始まったよ、とぼやきながら足を組み直した。折角そろそろ恒例である「15時のイベント」だというのに面倒なことだ。プラシドが苛ついているのはいつものことだが、今日は一体何が気に入らないというのだろうか。

「どうしたのプラシド、そんなにコワイ顔しちゃってさあ」
「五月蠅いっ、このグズが使えないだけだ!」
「また名前がなんかやらかしたの?」
「…フン」

名前は何も言わない。ただ光の無い目のまま俯くばかりだ。それが余計にプラシドの不機嫌を助長していく。
理由を知りたげな視線にもう一度舌打ちをして、ルチアーノと目も合わさないまま口を開いた。


「……粒餡だ」

「はあ?」
「こいつは、今日の茶受けに粒餡のものをよこした」
「…なに言ってんのプラシド」
「オレはこし餡派だ!それを粒餡などっ…」

理由を聞いた自分が馬鹿だった、とルチアーノは思わずにはいられなかった。餡がどうしたって?そんなことでキレて殴る?こんなの誰だって呆れ返る。確かにこのおやつの準備担当は彼女だが、これはなんとも理不尽な仕打ちではないか。
それにルチアーノは粒餡派だったのでさらにプラシドには同意しかねた。こし餡なんて食べ甲斐がない。

「粒餡など情弱の食物ッ…」
「はあ?こし餡派こそ舌おかしいよね」
「ハッ、あの舌触りの崇高さが分からんとはな」
「常識的に考えて粒餡一択だって」
「こし餡こそ至高だと何度言ったら分かる!だいたいこいつだって、元々は…」

元々、は。プラシドはそこで口を噤んだ。
ルチアーノはそこで初めて、プラシドが単に茶受けが気に入らないことだけが彼を苛立たせているのではないことを察した。ヤレヤレと溜め息を出して降参するようなポーズをとった。どちらにしろひどく子供染みた男である。

「プラシドってほんっとにバカだよね」
「…なんだと?」

名前の視線が僅かにルチアーノを捕らえた。精気のない、それでも名残のある瞳。それはこのプラシドにとって受け入れ難い現実を象徴するものだ。ルチアーノは冷めた目で虚ろなそれを見た。

「まだ記憶が戻るかもって思ってるわけ?」
「…だから、どうした」
「『旧型』の転送はうまくいかないだろうって言われてたじゃん」
「……」
「なのにムリヤリ連れてきて、結局二体とも失敗しちゃってさ」
「……黙れ」
「もう一体はメモリーエラーだけだったけど、名前なんてもう自我すら残ってないよ。いい加減諦めたらいいのに」
「黙れ黙れ黙れ!」

プラシドはルチアーノの胸ぐらを掴み、怒濤の剣幕を浴びせる。しかしルチアーノの目にはその姿は滑稽にすら見えた。哀れ、にも。プラシドの持つ、執着が棄てられないある種の強欲というものが、ルチアーノにはどうにも理解できない。

「…出ていけ。今すぐ視界から消えろ」
「ハイハイ。でもそれはちょうだい」
「……」

ルチアーノが顎で菓子をさすと、名前は緩慢な動きでそれをひとつ差し出した。勝手にしろ、とプラシドが手を離した場所を払いながら、上機嫌に受け取る。

部屋を出る前にそこを振り向いてみた。名前の冷たい手を、それもまた温度のない手で包むプラシドの背中は、意外なほどに穏やかだった。そして彼女はというと、相変わらず表情を変えないまま、焦点の合わない目で「目の前の男」を見るばかりだ。

やっぱり、理解ができない。



「ね、だからプラシドって大馬鹿だよ。この粒餡うまっ」
「…まあ、そう言ってやるなルチアーノ」

粒餡たっぷりの饅頭を頬張りながらホセに問うてみると、返ってきたのはまた意外な答えだった。気に入らないとすぐ手が出るようなあの短気よりもっと冷静かつ合理的なレスポンスを期待していたのに、案外の拍子抜けである。

「じゃあ、オレが子供だっての?」
「どちらも、と言えるだろうがな」
「ふーん。ま、どちらにしろ名前は今のままじゃ使えないと思うんだよね。書類にハンコ押すのとお茶汲みくらいしかできないよあいつ」

それでも、プラシドは傍に置いておきたいみたいだけど。それだけ言って最後の一口を飲み込んだ。あれだけ壊れてもやはり甘いものを選ぶセンスはいい。

「あ、そうだ」
「ん?」
「ホセは粒餡派?こし餡派?」
「…どちらかと言えば、粒餡だな」
「だよね〜!名前はいい仕事してるよ。コレどこで売ってたんだろ、聞いてみよっかな」



*


「おい、名前」
「……」
「オレの名前は何だ」
「………」
「…もう、いい」
「……?」
「…いいか、次に粒餡なんぞ持ってきたら殺すからな」

プラシドの言葉に、彼女はこくりと頷いた。

もう、声を出すことはないのだろうか。笑うことも怒ることもないのだろうか。自分を、自身を、一人の人物を認識しているのだろうか。まだ言葉は正確に理解しているのだろうか。
彼女は本当に全て忘れて、それが戻ることはないのだろうか。


彼等には、涙を流す機能はついていない。









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end
2011.07.15



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