君の背中

*リクエスト:遊星と新婚風味/(新…婚…?)


遊星がアーククレイドルから戻ってきたあの日から、約四ヶ月になる。
あんなに賑やかだったガレージは、もう人の気もかつての生活感もすっかり薄れてきてしまっていた。棚の上や床の隅には埃が溜まり、シンクにも洗濯籠にも洗い物が溢れている。不動遊星はこと自分の生活に関して頓着がない男なのだ。

静まりかえったガレージは二階の一室だけ明りが灯っている。遊星が自室としてずっと使っているシンプルな部屋だ。
遊星は無数の紙に囲まれて頭を抱えていた。眉間にしわを寄せ、ペン先でかつかつと木の机をたたく。誰もこの家にいない状態であるから見せる醜態の姿である。紙にいくつもの線を引き、机にはみ出すまでの数式やメモを書いてはああでもないこうでもないと考えた挙句ぐちゃぐちゃにして床に放る。こんなことが何日も続いていた。何にしろ時間は少ない。

ゾーンが言った破滅の未来が、定かなものであるかは実際分かるところでなはい。しかしこれは運命である。遊星もこれが自身の宿命であり使命と考えていた。償いではなく、守るのだ。この街とその未来を。
今度は、自分のために。

…そしてこの「フォーチュン」の完成が、きっとその第一歩になると信じている。遊星はまた新しい用紙を出して線を引きはじめた。ここのところはまるで進んでいないが、それでもやるしかないのだ。その専門家でも研究者でもないのに、この巨大なプロジェクトの開発チーフという立場を任されたのだから。そう二ヶ月、あと二ヶ月で完成させなければ…。

ふと、紙面の数式がばやけて遊星は目を擦った。何日寝ていないかなどもう数えていない。こんな風に根を詰めるのも一年ほど前にエンジン開発をしていた頃以来だと思うと、少し懐かしい思いがした。実験しては失敗し、徹夜を続けてはアキや双子に怒られ、時にジャックのカップメンをブルーノと啜った。そんな日々がまだずっと鮮明に残っている。
ちらりと机の写真立てを見ると、心の奥が波立つようだった。ぽっかりと穴が空いてしまいそうな、あるいは手で掬った水がこぼれてしまいそうな感覚。本当は「それ」をずっと抱きしめていたかった。しかし遊星は気付いている。いつまでも手を繋いで歩いてはいなれないのだと。作られた理由でエゴを隠し、子供でいることもできないのだと。みんな自分の足で自分の道を歩き、大人にならなければならない。

視界がいっそう濁る。遊星はペンを落として肘をついた。
眠りたい。眠りたいねむりたい。夢も見ずに深く寝てしまいたい。身体はすでに限界に近く、頭はみるみると睡眠欲に支配されていく。
もうベッドに移動するのさえ億劫で、遊星はそのまま机に頭をつけて目を閉じた。なにも思い出さないように。



いいにおいがする。懐かしい香りだ。これは、ジャックが好んで飲んでいたコーヒーだろう。遊星は一口しか飲んだことがないが、この匂いはすっかり覚えてしまっていた。
鳥のさえずりが聞こえる。もう朝らしい。妙な姿勢で寝てしまったせいで腰が少し痛いが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。ゆっくりと意識を覚醒させていくと、自分の肩が少し重く、暖かいことに気が付いた。

(名前…?)

誰に仕業なのか、理由はなくとも直ぐに遊星は理解した。思い返せばこの毛布は彼女から引っ越し祝いに貰ったものである。安物だけど、と照れ笑いしていたがこれはとても暖かく、重宝させてもらっていた。
(来てくれた、のか…)

遊星は開きかけた目を閉じたままにして、かけられた毛布の端をきゅうと握った。久しぶりにあたたかな朝食にありつけることだろう。
彼女が起こしに来るまで、まだ残る眠気の中でまどろんでいたかった。子供のように、まるで浅い夢でも見るように。


彼女は、もうすぐこの街を出ていく。









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end
2011.07.10



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