不眠症


*一人遊びネタ/後半R15




○月×日
作業は順調だ。プログラムの完成も間近になり、ブルーノも俺もようやくホッとした。先日苦心の末に作り上げたものはテスト中に不備が生じて御役御免になってしまったが、今度はきっと大丈夫だろう。
クロウの言うように俺達は似た者同士のらしく、作業に没頭すると二人して寝食を放り出してしまう。ここ二日間もまた徹夜してしまった。デュエルには身体が第一という事で、あとはインストールを残すのみとしたまま、取り敢えず今日のところは寝ることになった。
しかし、どうにも寝付けない。身体に負担をかけすぎるとこういう事も起きるのだろうか。うろ覚えの知識で試しにホットミルクを飲んでみたが、結局効果が得られないまま朝を迎えることになってしまった。…たまにはこんな事もあるだろう。今はとにかく、プログラムだ。



○月△日
今日は何かと皆の予定が合わず、テスト走行は明日にすることになった。最近クロウも配達が忙しい様子だ。無理はしないでほしいが、しかし彼は紛れもなくチーム一番の収入源である…。申し訳ない。
請けた修理の仕事が思いがけず早く終わって、午後はブルーノと日用品の買い出しに行った。シャンプーが無くなりかけているとジャックが言っていたのを思い出して買おうとしたのだが、その類のものに全くこだわらない俺達にはまるで勝手が分からなかった。奴の気に召す銘柄でなければ怒るんだろうなと売り場で首をかしげていると、そこに救世主が現れた。名前だ。彼女が勧めるものならばジャックも満足だろう、有り難い。帰りにカフェに寄って、三人で安いコーヒーを飲んだ。
それにしても、不思議なことに今日も眠気は訪れない。ただし疲労は確実に溜まっているようで、身体のそこかしこがやたらとだるい。ベッドには入ったものの、疲れで勃ってしまったものをなあなあに抜いて時間を費やすくらいだった。しばらくおざなりにしていたせいか、気力はなかったくせに何度か出してようやく少しスッキリした。…今日彼女に会ったせいでは、ない。と思いたい。
自慰による睡魔にも少なからず期待していたのだが、結局期待のまま終わった。倦怠感と虚しさだけを引きずったまま迎える朝は、精神的にも最悪だった。
眠りたい。



○月◎日
どう考えたって、本当におかしい。集中力が続かない。瞼の裏が乾くようで、つい目頭を押さえてしまう回数も日に日に増えていく。一向に眠りにつけない身体は、そのくせ睡眠を欲して脳を内側から揺すってくるのだ。
病院に行く気はしなかったから、ネットで色々と調べてみることにした。症状から照らし合わせると、どうやら俺は『不眠症』らしい。この病はやっかいなことに、薬や病院どうこうで治るものではないという…睡眠薬という手もあるが、癖になってしまったら困るだろう。どうしたものか。
テスト走行はうまくいったみたいだ。よかった。
だるい。寝たくて仕方がない。






*


「ふぁー…はよ、遊星。この頃早起きだな」
「おはようクロウ。もうすぐパンが焼けるからテーブルで待っていてくれ」
「おお…つーか朝メシの当番俺だったろ、わりい」
「いいんだ、俺が好きでやっていることだ」

昨日も眠れなかった。どう対処すべきなのか未だに分からない。調べた限りではカウンセリングや何やらあったが、それが果たして自分に効果があるだろうかと考えると、また頭が重くなった。昔から病気で医者にかかるのはあまり好きじゃない。
霞がかったままの頭で見る朝日はひどくうんざりしたものだが、こうして仲間のための朝食を作り、普段の心地で会話をしている分には、まだ俺は普通の営みの中にいるという余地があるのだと安心できる。少しだけ。
狐色のパンをテーブルに並べると、まだ少しぼうっとしたクロウがいただきます、と手を合わせた。

「つーか、あいつらはまだ起きねぇのか…自由人だなおい」
「寝かせておいてやれ。二人も疲れているんだろう」
「片方はニートだけどな」
「…ジャックに合った仕事が、見つかるといいんだが」

我ながら今回上手くいったスクランブルエッグをフォークで掬いながら、どう話を切り出すかぐるぐると考える。よく考えると、朝から頼むような事ではない気がする。しかし、なるべく人目がない時に済ませてしまった方が良いのは明白だ。だから、新しいパーツが必要だとか、それと同じように言ってしまえばいいのだが…分かっている事を全て行動に移せたら、苦労はしない。

「そういや、今日はたぶん名前が来ることになってたな」
「名前が…?」

思考を切って顔を上げると、コーヒーを一気に飲んでパンを流しこんだクロウがほぅ、と息をついた。

「ああ、ラジオの調子が悪いから遊星に見てほしいとか言ってたぜ。確か遊星の予定は無かったと思って、今日来たらいいんじゃねって言ったんだけどよ…もしかして、今日は何かあったか?」
「……いや、べつに」
「おー、よかったぜ。ブルーノだと変な改造とかしそうだしな…遊星だと名前も安心だろ。勝手に約束させちまって悪いな」
「…大丈夫、作業にも十分余裕があるしな」
「礼は手料理の夕飯だってよ。名前もお人好しだよなあ、今時新品のラジオだって、男四人の飯よりよっぽど…」

早々と食べ終わり、配達用のジャケットを快眠後の軽い体に通していたクロウが、言葉を切ってこちらをきょとんと見た。

「、どうか、したのか」
「遊星、顔赤いけど」
「気のせいだ。…さっきまでキッチンにいたからだろう」
「ふーん?」

ブルーノもいるし二人きりにはなれないかもなぁ、と言いながらクロウはブラックバードのエンジンをかけた。つい昨日チューンしたプログラムの調子は良いようで、いい音をさせる。

「だからそういう事じゃない」
「冗談だって、あんまムキになんなよ。じゃ行ってくるわ、朝メシありがとな」

ガレージに入る清々しい朝日の中に颯爽と消えていったエンジン音を聞きながら、俺は気分が浮かないのを感じていた。そういえば、何だかんだで頼み事をするのも忘れてしまった。フォークで潰され続けてぐちゃぐちゃになったスクランブルエッグをぼそぼそと口に運ぶ。元々俺は食べるのが遅かったが、ここ何日かでさらに遅くなった気がする。
(名前が来るのか…)


誰だって、昨晩の一人遊びで慰みものにした相手に会うというのは、気まずいところがある。












‐‐‐‐‐‐‐‐‐
next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -