狂った町



サテライトの数少ない繁華街は、朝からそこそこ賑わいを見せる。加工食品や缶詰めばかりの朝市を冷やかす者もいれば、怪しげな紙袋を受け渡しする者もいる。起き出した烏達がしきりに鳴いて廃ビルの谷間を飛んでいく時間帯だ。

遊星はその目抜き通りを歩きながら、いつものように客になりそうな人間を探していた。あまり時間はない。大きな瞳をキョロキョロ動かして、女がいないか通りを見渡す。
狭い路地に揺れる長い髪が入っていくのが見えて、それを追いかけた。


「なぁ、あんた」

女が振り向く。遊星がまだ年端もいかない少年だと分かると、警戒をみせる顔を僅かに軟化させた。

「なにか用?」
「これを買わないか」

取り出したのは、硝子や化学繊維で形作られた花があしらわれた髪どめだった。丁寧な細工に細いリボンが上品が添えられて、陽の光を受けるとそれはキラキラと輝く。
女は髪どめを手に取り、まじまじと稀有の目で眺めた。

「ずいぶんな品ね。シティから流れてきたもの?」
「違う。手作りだ」
「へぇ、こんなに綺麗なのに。おいくら?」
「いくらなら買う」

そうね、と女は少し考えるような仕草をすると、着ていたタンクトップの中に手を入れまさぐり始めた。それに遊星が身体を強張らせ顔を赤くするのを見てクスリと笑う。
本来はブラのパットを入れる場所から紙幣を取り出し、二枚だけ引き抜いて遊星の手に握らせた。

「…いいのか」
「いいのよ。娼婦って商売は食いっぱぐれないから。…それとも、」

こっちの支払いの方が、いいかしら。
女の細い指が、まだあどけなさが残る少年の顔のラインを厭らしく撫でる。赤味の薄い唇を上げて、どうする?と聞いてやると、遊星は赤くした顔を振った。

「…っ、金で、いい」
「あらそう。可愛い顔した男の子が相手ならサービスしてあげたのに、残念」

遊星はぐしゃりと紙幣を尻ポケットに入れ、艶やかに誘惑する女を振り切るように路地を出た。

大通りに戻ると、再び喧騒に包まれる。そろそろ時間だ、急がなくては。
ちりちりと焼け付くような情欲を誤魔化すように、滲んだ額の汗を拭って足早に歩き出す。

娼婦と話すのは、苦手だ。




*


着ていたズボンとタンクトップの上からそのまま、着古し薄汚れたツナギに足を通してジッパーを上げる。ほどなく目覚まし時計が狂ったようなやかましいベル音が聞こえて、それに従い遊星は自分の持ち場に向かった。
この工場は、サテライトの中にしてはかなりマシな働き口といえた。衛生的な事はともかく、日当は人ひとりが食べる分はなんとかある。機械弄りの趣味が幸いしてハウスを出たばかりの遊星が運良くここで使われることになったのは、3ヶ月前の話だ。

持ち前の器用さでライン作業も今では難なくこなせるようになった。設計図はとっくに頭の中に張り付いていて、順番にパーツを組み合わせる事などもはや単純作業に近い。そのうちにもう一段階複雑な作業をやらせてもらえるようになるだろう。そうすれば僅かとはいえ賃金も増える。

名前もきっと喜ぶはずだ。


そう遠くない未来を思い描きながら黙々と作業をこなしていく。犬の媚びる鳴き声のような音が内臓を響かせ空腹を訴えているのを感じて、遊星は下唇を噛んだ。ああ、腹が、へったな。せめて唾液でも飲み込みたかったが、機械作業のせいか口内は異様なほど渇いている。唇を舐めた舌がそこに張り付きそうだった。

ふと、何やら外が騒がしいことに気がついた。喧嘩が始まったとかではなさそうだが、ガヤガヤとした声が工場にかなり近いようで少し気になった。他の作業員もちらちらと出入り口の付近を見やっている。


ガシャアン!
と途端に次々と硝子窓が割れる音がしたかと思うと、男達の下卑た笑い声が聞こえてきた。何事かと工場内がどよめく。周囲をあまり気にしない遊星も、この時ばかりは顔を上げた。どうにも嫌な予感がした。

汚らしい格好の男が数人、工場にずかずか入ってくる。どいつもこいつも、軽く目がイッていた。
遊星は手に持っていたボルトをとっさにポケットに入れ、ゆっくりと身を屈ませる。作業台より低くなると、そのまま四つん這いで木箱が積み上げられた場所までそろそろと移動した。この木箱にあるのは屑鉄や壊れたチップだけだ。金になるようなものは入っていない。

箱の隙間にできた死角に入ると、作業台や機材にバットを振り下ろす破壊音と、耳につく笑い声が粗末な建物を震わせた。
ぎゃはははは、おいお前ら、捌けそうなモンは壊すんじゃねぇぞ。ふざけんなテメェら、ぶっ殺してやる。おいそこのガキ、逃げようったって無駄だぜ、なぁに大丈夫さあ、お前みたいな奴は好きもんが高値で買ってくれるからよぉははは は は は は ! ! !!!

遊星は目をかたく瞑り、震える手でがりりと壁に爪を立てる。自分よりも2つ年下の少年が泣き叫びながら連れ去られていくのを、奥歯を噛みしめて聞いていた。


チッ、チッ、チリッ。

その音には覚えがあった。何の音だ、なんの……
ハッと思い出した遊星はぞわぞわ鳥肌がたった。馬鹿やろう、気違いどもが―――


擦られたマッチが床に捨てられると、それは埃や塵に次々と炎を渡していった。















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