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俺が彼女に抱く感情について今までに何度か聞かれたことがある。それは幼心の好奇心からであったり、思春期特有のどろどろとした纏わりつくような感覚の中で紡がれた言葉だったりしたが、ただひとつ確かに言える事は、この感情は愛だの恋だのと形容するには少し、きたなすぎる。おそらくそれは下卑た性欲云々よりもずっと。それに気が付いたのがいつだったかは記憶が曖昧だ。

そう、例えば。これは極端な例えかもしれないが、俺は彼女を殴りたい。殴ってみたくてたまらない。ああ、ここで勘違いしてはいけないのは、嗜虐的な目的を以ての行為などというものではないという事――もしもそんな衝動や嗜好を持ち合わせていたとしても、だ。彼女は自分の大切なもののためなら過ぎた暴力さえも受け入れようとするだろうから。
大切なのは彼女の表情だ。殴られた彼女はきっとその細身を投げ出されることになって、擦り傷を作るだろう、あるいは打撲するだろう、もしかしたら唇や口内を噛んでしまうかもしれない。しかしあくまでそれは二次的なもので、俺が見たいのは、その中でなお俺を捉える瞳だ。痛みと戸惑いに包まれながら彼女はどんなかおをするのだろうか。苦痛に歪んでいるのか。悲しみを訴えるのか。軽蔑を向けるのか。庇護を誘う眼をするのか。それら全てなのか。それでも俺を、受け入れようとするのか。きっと彼女にはまだまだ俺の知らない彼女がいる。そう考えた結果、知りたいものをひとつ知るにために思いついた中で最も単純で簡単な方法が、殴ることだったというだけの話なのだ。
そうでなければ、そうだな、逆でもいい。頼むから俺を傷付けてみてくれと言ってみる。同じ事だ、彼女にとって大切なものを傷付けることは自分を傷付けることに等しい。初めは拒否しても、いずれにせよ俺を傷付ようとしてくれると思う。俺が信じると言えば、いつも彼女は愚直に叶えようとしてくれる。たとえできなかったとしても、彼女の表情は俺の期待を裏切らずさぞ綺麗だろう。

回りくどいな。本当は嘘だ。例えでなく俺は彼女を殴りたい。ただ、そこに不安要素があるとすれば、俺が欲にまかせて殴った場合、彼女がずっと広げていてくれた両手をこれからためらうかもしれないという事だ。彼女の精神的な抱擁の暖かさを無くしては、もうそれは彼女ではなくなってしまう。だから失うわけにはいかない。たとえどんなに彼女の純真な真っ直さをべったりと汚してみたくても。失ってはいけない。彼女の愚かさがどんなに愛しくても、失ってはいけなかった。だから、

こうして彼女の喉を噛んで、彼女の手首が白くなるまで握りしめて、彼女の奥を大切に大切にやさしく壊れないように愛しむようになるまで、俺は知らなかった。彼女がまるで殴られたみたいな表情をしたから、初めて気がついた。こんなにも簡単で、こんなにも単純で、こんなにも彼女は優しい。俺はなにを悩んでいたのか。所詮は同じ事だった。

これは彼女の幸せだ。


彼女が俺の名前を嗄れそうな声で呼ぶ。どんなに幸福なことだろうかと思った。いとおしい君が、もっといとおしくなっていく。






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