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なんか疲れた顔してるよ、大丈夫?と食糧の入った袋を手渡しながら彼が言ったので、内心ぎくりとした。私はそんな顔をしているのだろうか。動揺を表に出さないようにつとめて、私は大丈夫だからラリーこそ無理しちゃ駄目だよと微笑んで彼の癖のある髪を撫でてやった。うまく笑えた自信がない、彼の表情から不安ととれるものも消えなかった。子供は小さな変化に敏感なのだとマーサが言っていたのを思い出す。ごめんねラリー、ほんとは、ちょっと疲れてるかもしれない。
じゃあオレ午後の仕事あるから、と地上への階段を上っていく彼の後ろ姿を見送る。私はもう何日太陽を見ていないのか、たぶん一週間くらいだ。遊星は私にここから離れてほしくないと思っているらしく、用があって私が地上に行こうとしても彼が静かに首をふるのだ。おかげで時間の感覚があやふやになって、しょっちゅう時計を見ないと意味もなく不安になるようになった。
「あっそうだ、名前、」
ラリーがくるりと振り返って、彼の肩のあたりを指差した。
「ここ、虫に刺されてる。ちゃんと薬塗っておきなよー!」
(――虫さされ?)
もしかして反対側かもしれないと再び鏡をよく見ても、虫さされは見つからなかった。そもそも痒みなどはないのだしラリーの勘違いかもしれない。
久しぶりに見た鏡の中の自分は今にも溜め息をつきそうな表情をしていた。私は今疲れているというよりは息苦しさを感じている。何に、というのが分からないから疲れるのだ。
(…あれ、)
今なにかがちらっと見えた。肩というよりは背中に近い位置にあるものだった。ただ鏡を正面に見ても分からないような所だけど、少し前のめり気味に顔を見ていたために視界に入ったらしい。
その赤い何かを確認しようと右肩を鏡に向けて立ってみた。
(な、にこれ……?)
確かに遠目で見たら虫さされに見えるし大きさもそれくらいだけど、その肩にあったものは薄くなりかけた内出血だった。
内出血?
青あざじゃないからどこかにぶつけたものが治りかけているのかもしれない、けれど怪我をした覚えなんてなかった。あったとしたら背骨くらいのはずだ。
こんな内出血の跡が付くなんて、あと残る可能性は…それこそ覚えがない。どうしてこんな場所にできてしまっているのか検討もつかなかった。
「名前」
遊星がいきなり肩ごしに鏡に映ったので、びっくりして心臓が飛び出るかと思った。そこが見えないようにぐいっと襟ぐりを引っ張って後ろを向く。
「お、おかえり遊星…」
「ああ。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「えっいや…別に何でもないから大丈夫だよ、それよりどうだった?」
「まあまあだ。久しぶりに行ったのもあって、使えそうなジャンクがたくさんあった」
遊星は汚れた手を汚れた服で拭いながら満足そうに言った。ばくばくと煩い心臓をなだめるように小さく深呼吸して、私は彼にシャワーをすすめた。
あれはきっとなにかの拍子でぶつけたのだ。
「っ、……!」
何となく気になって肩を再び鏡で見ると、そこはより鮮やかな赤になっていた。昨日では消えかけていたくらいだったのに、どうして?
わけが分からないままそこに指で触れてみた。跡はほんのりと熱を持っている。もちろん覚えはない。
「…ああ、見つけたのか」
昨日と同じように遊星が後ろからやって来て、肩にあった手を掴まれた。鏡ごしに合った青い瞳が優しげに微笑む。
「これ、名前が寝ている時につけたんだ。一応見えにくい所にしたんだが、意外と早く見つけられたな」
彼のほんの少し冷えた指がつうと跡を撫でた。
「な、んで…」
「名前が傍にいると言ってくれてから、跡を付けたくなったんだ…大丈夫、消えそうになったらまた付ける」
小さく音をたててそこに口付けられる。肩や首に遊星の熱のこもった吐息がかかって、ぞくぞくと変な感じがする。
「…なあ、」
遊星は、耳元に吹きこむように囁いた。
「ばれないようにするつもりだったが、本当はもっと見える場所にも付けたかったんだ……付けてもいいか?」
私が返事する前に、遊星は待ちきれないというようにかぷりと耳たぶを食んだ。