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この間、ジャックがサテライトから出ていった。それは皆の希望と仲間の大切なものを攫っていく事も意味した。だから皆一様にジャックを罵ったり、悔しがったり、嘆いたりする。悲しいと。許せないと。

盗まれた本人以外は。



地下へ続く階段を下りていくと、そこはいつものように薄暗くて埃っぽかった。線路に沿って歩いて行くにつれて小さな機械音が聞こえてくる。彼だ。

「――遊星、」

ホームに上がりながら呼びかけたけれど返事は無かった。彼の姿をみとめてからもう一度呼んてみても、彼は背を向けたまま黙々と作業を続ける。
ジャックの一件以来、遊星は振り返って「よく来たな」と微笑んでくれる事も無くなった。ただ一心に、この昼なのか夜なのかも分からない地下で鉄の塊と向き合い続ける。事件から未だにほとぼりが冷めていないにも関わらず、またDホイールを新しく作っているようだった。今はエンジンと思しきものを弄っているけれど、それが黒く焦げている所からするとまた失敗したんだろう。
テーブルの上を見ると二日前に来た時に置いておいた缶詰め等の食料がそのままの位置でうすく埃を被っていたので、顔をしかめた。

「ねえ、遊星ってば」

反応が欲しくて軽く腕を引くと、彼の身体がぐらりと傾いたので慌てて受け止めた。手にあったドライバーが音をたてて落ちる。

「………名前か…」
「まったく、こんなになるまで作業するの止めてって皆言ってるのに。何か作るからご飯食べよう、あとシャワー浴びてちゃんと寝て、」
「名前」

遊星は私に体重を預けたまま、腕をまわして抱きしめてきた。肩口に顔を埋めて、疲れ切っているのだろう、小さく息を吐く。

「名前…名前、」
「うん」
「どこにも行かないでくれ…」
「うん」
「早く取り戻すから、頼む、君まで失ったら俺は……」
「大丈夫だよ遊星、ここにいるから。ね、ちょっと休もう」

遊星は何かに焦るように、不安に駆られるように、Dホイールになるのであろうパーツにかじりつくようになった。そしてその度に失敗を繰り返す。
全てが無くなってしまう夢をよく見ると彼はいう。全て、というのが何なのか私には分からないけれど、それが死んでしまいたいくらいに恐ろしくて、眠ってもすぐに目が覚めてしまうらしい。
もしかしたら遊星は、大切なものを奪われた事よりも、これ以上に何かを失ってしまうのが怖いのかもしれない。

「……名前…」

彼の手が、まるで寂しいと言う子供みたいに力なく私の服を掴む。

何かがおかしくなってきていた。当たり前だったものが噛み合わなくなって、生活のどの部分かの歯車が狂ってしまったようだった。溝ができたのか隔たりが無くなったのかも解らないけれど、どうにもかなしくて虚しいのだ。


少し痩せた無骨な彼の身体をぽんぽんとあやすように叩きながら、彼の好きな食べ物で何が一番栄養があったかと考えた。





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