問 答 いやいや、どうも初めまして。 本日はこの百物語の語り部の一人と参加させていただく事になりました。 あにくと話下手でございますが、聞いて下さると嬉しいかぎりでございます。 さてはて、本題に入る前に少々回り道をしても、よろしいでございましょうか。 ああ、ありがとうございます。 私がこれから話そうとしているのは、よくある『怪談話』ではございません。 かれこれ半世紀以上生きておりますが、とんと幽霊やら妖怪やらを視たことはありません。 そのような話を期待していらっしゃったのでしたら、申し訳ありませんね。 こほん。 皆様、犬の鳴き声はどんなものかご存知ですかな。 ここに居られる方々の多くは日本の方でしょうから、『わんわん』とお答えになることでしょう。 英語圏の方ならば『bow-wow(バウワウ)』で、フランス語でしたら『ouah-ouah(ウワウワ)』。 中国語ならば『wu-wu (ウーウー)』、ドイツ語ならば『haff-haff (ハフハフ)』だそうです。 他にも『モンモン』とか『ゴンゴン』とか聴こえるらしいですね。 実際に犬がそれらの様に啼いているか、と言えば、違いますね。 では、なぜ我々が、こういう風に聴こえるのか。 あるいは、答えるのか。 答えはとても簡単なことです。 『そういう風に教わった』から。 これに尽きます。 実際に、日本の初等教育が開始された明治の教科書ではじめて『犬がわんわん啼き』という表現が視られるようになったそうですよ。 狂言などでは犬の鳴き声は『びよ〜うびよ〜う』と表現されるそうです。 では話題は少々変わりまして、皆様は人の『美醜』とはどのように判断されますか。 目がぱっちりとしている人を美としますか、醜としますか。 それとも丸顔を美としますか、醜としますか。 中国では昔、纏足(てんそく)の女性がもてはやされました。 纏足というのは、幼児期より女性の足を布で強く巻いて、足を大きくならないように成長させるんです。 中世ヨーロッパも中国の纏足程ではないにしろ、小さい足の女性は推奨されました。 そのためにきついバレーシューズとかで足を大きくならないようにさせていたみたいですね。 他にも首の長さや下唇の大きさ、頭の形等々……色々なモノで人の美醜は語られて来ました。 そして、ソレはこれからも。 さてはて『美醜』とはどこで創られるのでしょう。 蓄積された文化。 社会の流れ。 それとも、本能でしょうか? ちょっと今まで話した事を頭に留めていただいて、本題へと移りましょう。 皆様方は、『幸せ』とは何を思い浮かべますか。 ここで語りたい『幸せ』はミクロの視点ではなく、マクロの視点でのことです。 個々人に置いての幸せは十人十色なのは、分かりますよね。 しかし誰もが普遍的に考える『幸せ』は時代を越えても共通いたしますよね。 曰く、『愛する男女が結ばれて、子供なす』こと。 物語で描かれるハッピー・エンドも、誰もが夢見る人生に置いての予定も、そんな風に考えるのでは、あるいは考えたことがあるのではないでしょうか。 まるで、判を押されたようですよね。 そう、誘導され、洗脳されたみたいに。 これの都合の良さはなんでしょうね。 種の保存。 あるいは生物の営みとしての同類項。 それとも、教育や文化か。 将又、陰謀か。 それでは最後に、____貴方の思っている 『 幸 せ 』 とは本当に幸せなのでしょうかね。 141007 なろう掲載 160508 転載 戻る |