お う ま が ど き




__私は何でこんな所にいるのだろう。

 私は友人に連れられて、近所の公園に来ていた。薄暗い公園にいた、真っ黒い服に陰気くさい雰囲気を持った奇妙な男がいた。男はねっとりとした声で、怪談話を話した。その奇妙で空恐ろしい話に引込まれるように、男の周りに子供が集まり聞き入る。私はそんな中、ぼんやりと別の事を考えていた。
 ふと私は、怪し気な格好をしている男の話を楽し気に聞いている友人の顔を見遣った。こちらの視線に気付かないのだろう。熱心に語り手を見つめている。私も視線を前へに戻す。ねっとりとした男の声は嫌に耳に付く。早く帰りたい。男の声が最後に締めくくるようにこう言った。

「___大禍時には気をつけたまえ」

 ようやく話が終わったのだろう。私達と同じように聞いていた面々からぱらぱらと拍手が漏れる。男は仰々しく頭を垂れた。小さな公園にしては木が鬱蒼とした薄暗い公園に夕暮れを知らせる時計の音が流れ出した。樹々の隙間からようやく顔を覗かせた空は赤みを帯、家に帰らなければならない事を告げている。友人も数年前に流行ったアニメの腕時計を見て、『帰らなきゃ』と言った。有ってもない門限とやらを気にしたのか、はたまた男の怖い話を気にしてなのか、すぐに公園は私と友人と件の男しかいなかった。来た時と同じように友人に腕を引かれて公園を後にした時、男の零した独り言が聞こえた。

「今度は何人生き残れるかな?」

 バッと、後ろを振り返り男を視界に映そうとしたが、男の姿は見当たらない。一瞬の隙に影に紛れたのか、あるいは公園を出て行ったのか分からない。ただ薄気味悪さだけが私の中に残る。急に立ち止まった私を友人は不思議そうに見遣った。『どうしたの?』と尋ねる友人に、誤摩化すようになんでもないと告げた。きっとあの男の言葉は私の聞き間違いに違いない。それにいなくなったように見えただけで、鬱蒼とした緑に飲まれただけに違いない。きっと、そうだ。
 私は思考を振り切るように、友人に『どっちが早く帰れるか競争しよう!』と言った。訝しんだ友人も『いいよ!』と笑い、駆け出した。赤みを帯びた空は何時しか星が目立ち、夜が近づいている事を示した。共に暮らしている団地は目の前だ。ふと走り抜ける中、騒がしい人の声と救急車らしき音を拾ったものの、家に帰らなきゃいけない私達は立ち止まる事も見に行く事もなく、団地に辿りついた。

「また明日!」
「うん、また明日ね」

 短く分かれを告げて、階段を駆け上った。闇を振り切るように、私は家に駆け込んだ。



 * * * * *



 夏休みの小学生といったものは、案外暇である、と私は思う。忙しさと冷房費削減の為か、早々に水筒と帽子と共に家を追い出した母親は今頃冷房の効いた部屋でだらだら過ごしているに違いない。小五で中学受験とかをするわけでもない私は、団地の裏手の木と古くさいベンチがあるスペースで機能の友人を待っていた。夏休みも始まったばかりに、宿題に手を付ける気など微塵も起きない。

(暑いから、今日は図書館にでも行こうかな?)

 太陽が昇れば強烈な陽射しが気温を容赦なく上げていく。あぁ、冷房が恋しい。取り留めもない事を考えていると、漸く待ち人___友人が走って来た。白い傘に白く鍔が広い帽子に同色のワンピースが印象的だ。私を視界に捕らえたのだろう。にこりと笑った。

「ごめん!遅くなっちゃって」
「うーん、もう少し早く来て欲しかったなぁ」

 『茹だりそうです』と、からかい混じりに言えば、友人は眉を情け無さそうに垂れた。この表情が何と言うか、チワワみたいな子犬を虐めた感がある。『早く図書館へ行こう!』と、私が話題を変えれば、友人は元気よく返事をし、先ほどのしょんぼりが嘘のように無くなった。私は彼女の笑った顔が好きだった。
 徒歩十分、自転車なら五分ぐらいの所に目的の図書館がある。茹だるような暑さの中、辛うじて残っている日陰を辿りながら、私達は並んで歩いた。アスファルトが嫌に熱を孕んでいて、靴の裏を焼いている気がする。傘を指す友人はどこか良いとこのお嬢さんぼくて、中々似合っている。小動物の様な友人のワンピースの裾が揺れた。

「ねぇ、みぃちゃんは聞いた?」
「ん?何を?」
「昨日の夕方、事故があったんだって」
「へー」

 ちなみに、“みぃちゃん”とは私のあだ名だ。それにしてもこの友人は…………。噂話が好きな友人はきっと近所のおばさん達の所にひっそりと張り付いて聞いた来たに違いない。オマエはスパイか!ってぐらいに友人の盗み聞き能力は凄い。で、盗み聞きに時間を費やして、私との約束に遅れたと言う訳だ。思わず、じとーと恨みがましく見れば、てへっと舌を出して誤魔化し笑いを浮かべる。小動物の様な友人の容姿に合ってて、可愛い。仕方ない、誤摩化されてやろう。

「で、その事故どうしたの?」
「貴志君、車に轢き逃げされて死んじゃったんだって」
「たかし君?」

 『昨日、公園にいたでしょう?』と、友人は言った。果たしていただろうか?生憎、人の顔を覚えるのは苦手だ。『そうだったけ?』と、だけ返した。昨日の夕方……。あの男の言葉が脳裏から呼び起こされる。『___大禍時には気をつけたまえ』。

「ねぇ、”おおまがどき”って何時の事なのか知ってる?」
「んー?あぁ、昨日のおじさんの最後のだっけ」
「そう」
「これから図書館行くん出し、調べれば良いんじゃない?」

 それもそうだ。私達は足早に図書館へ足を進めた。



 * * * * *



 図書館独特の古くさい本の臭いが私の鼻をついた。ここらの中で結構大きな図書館は割と人で賑わっていた。おそらく閲覧スペースとして設置されている大きな机は参考書を持った受験生で埋まっているのだろう。ひんやりとした冷房に涼を得ながら、辞書の置いてある所へ足を向けた。

「私、別の所に行ってるからね?」
「うん、分かった」

 そう言って別れた後、広辞苑を探しに右往左往した。普段、辞書なんて使わないからなぁ……。めんどくさいなぁと思いながらも、漸く見つけた。私の頭ぐらいの厚さのあるそれは、振りかざしたら凶器になるに違いない。なんてくだらない事を考えながら、所々に設備されている椅子に腰を下ろした。足を組んで、その上に広辞苑を広げる。ずっしりと重い。
 ”お”……”おお”……。”おうまがどき”。やや黄ばんだ薄いページを捲り、目的の項目を出した。

「『大禍時(おおまがどき)』。大きな災いの起こりがちな時刻の意から、夕方の薄暗い時。たそがれどき。逢う魔が時……」

 ひんやりと薄気味悪さが私を襲う。冷房とは違った、そう……悪寒が走った。あの奇妙な男は、『夕暮れ時を気をつけろ』って言ってなかっただろうか。いや、それよりも、最後の言葉___『今度は何人生き残れるかな?』って。それに友人は言ってなかった? 『昨日の夕方に、公園(あそこ)にいた男の子が事故で死んだ』って。これはただの考え過ぎなのだろうか。たまたま? 偶然? 分からない。
 思考と寒さを振り払うように、私は図書館を飛び出していた。容赦ない直射日光が降り注ぎ、暑さが思考を奪う。こんなに夏の陽射しをありがたく思ったのは今日程にはないんじゃないかなって思う。しばらく光合成よろしくしてると、ウィーーーンと、図書館の自動ドアの開閉音が届いた。

「もう、勝手に先に出てるんだから」
「ご、ごめん」

 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る友人に私は誠心誠意謝り倒した。時計を見遣れば、もう十二時を過ぎている。家に一度帰らなければならないだろう。

「ほら、帰ろう?」
「……うん」

 差し伸べた私の手を友人は少しむくれながら手を取った。冷房で随分と冷やされた手は、太陽光を吸収していた私には心地よさを感じた。



 夕暮れはまだ遠い。


120813 なろう掲載
160507 転載


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