それはあの色によく似ていた


わたしの通っている高校の校舎は古い。五十年の歴史を持ち、トイレと水道以外改築なんて全くしていないのだから当然だと思う。
でも、わたしはこの学校の古くて趣のあるところが好きだった。だからこの学校に進学したのだ。

この学校の中でも美術室は雨漏りしたまま放置されていて、床は軋んで、本当にボロくて、だからなのか物置状態だった。
わたしはそんなボロボロでも美術室が大好きだった。

美術室には私と、美術部の人が一人だけきていた。こんなぼろい美術室で活動しようと思う人などいなかったらしく、彼は唯一の美術部員だった。
わたしは美術部には入れなくても、よく美術室に遊びにきていた。
彼の描く絵を見るのが大好きだった。いつもどこかふわふわして優しい雰囲気をした彼は、わたしにも笑顔で接してくれた。だから、わたしみたいな人でも絵をかいているのをじっくりと見ることができてとても嬉しかった。


でも、もう美術室にはわたし以外誰もこない。
この前、最後の美術部員だった彼が亡くなってしまったのだ。

ーー飛び降り自殺。

意味がわからなかった。
だけど、彼が死んだことは理解している。なぜなら、彼は私の目の前をすり抜けて落ちて行ったのだから。





あの日、いつものように美術室にいくと、珍しいことにいつも私より先にきているはずの彼はいなかった。
……そうそう、あの日は雨が降っていた。気持ち悪い天気。そのせいで気分は最低だった。

私は雨が大嫌いだ。理由は色々有るけれど、昔雨でグチャグチャになった犬の死体を見てしまったのが一番の原因だと思う。
小学生の時、帰り道に見た新鮮な犬の死体。車にひかれたのか、体から、内蔵から、すべて破裂したように見えた。もはや可愛かったであろう面影はなく、生臭い血の匂いを雨のなかに漂わせていた。
私は、強烈な吐き気に襲われてその場から家まで走った。怖かったのだ。あれが、いきものだなんてしんじられなかったから。
だから、私は雨の日が嫌いだ。あの匂いをどうしても思い出してしまうから。

雨が校舎を叩きつける音が聞こえる。美術室のバケツに、雨漏りで零れた水が落ちる音も響いた。

「まだ、かな」

私はすることもなかったので、彼の制作途中の作品を見た。

キャンバスの中にかかれていたのは、涙を流す、手の中の不思議な目。彼はこういう不思議な絵をかく。でもどこか温かい雰囲気が漂っているのだ。そして、私は彼の絵が大好きなのだ。

「こんな絵がかけるなんてすごいよ……ずるいよ」

長い髪を指で適当に弄びながら私はつぶやいた。
わたしの色覚はおかしい。だから絵はかけないし、色が他の人と違って見えてしまうらしい。
彼の絵は、私でも見えるような色と図柄で構成されていた。彼は私の色覚異常を知っているから、きっとそれを踏まえてかいてくれているのだ。
そう考えると、とても嬉しかった。


美術の時間が嫌いだったわたしにとって、彼は白馬の王子様のようなものだった。色覚に異常があっても、絵が『見える』ことを教えてくれた。


窓の外を見ると雨はまだ降り続いていた。彼はまだこない。

かちゃり。小さな音と嫌な予感がした。

美術室の上は屋上だ。そう教えてくれたのは、他でもないかれだった。

屋上には簡単に越えられる柵しかない。
……私は、思わず、窓を開けて上を見た。
見にくかったけれど、そこには人影があった。
「なんでそんなところにいるの?」
柵をこえた場所にいる彼に私は問いかけた。
「……ありがと」
何を思ったのか、彼はニンマリと笑って、そのまま、飛び降りた。


髪の横を何かが通り過ぎた。彼と目が合う。彼はまた、笑った。手を延ばしたけどつかむ事なんてできなかった。

彼はそのまま落ちた。肉が舗装された場所に叩きつけられる音は雨の音に紛れた。
下を見ると、助かりそうにない彼の姿があった。頭から落ちたのか血が周りに少しずつ広がってゆく。

それは、あの日見た色と、彼のよくつかっている色とにすぎていた。

それ以上あの日のことはもう、覚えていない。気がついたら病院にいたのだ。美術室で倒れていたらしい。

そして今わたしは、美術室のかきかけの彼のキャンバスを見てきた。

やっぱりあの色と同じだ。

彼が死んでからというもの、わたしの目はさらに単調な色しか映さなくなった。

血の色、グロテスクな色。

わたしの世界はそんな色でえがかれていた。

「だからもう、たえきれないね」

彼が立ったであろう屋上のはしにわたしも立った。空気が冷たい。
雨ではないけれど、それはしかたない。こんな気持ち悪い世界で生き続けるわけにはいかないのだから。


「さようなら、バイバイ、待ってて、ありがとう」

そうつぶやくと、私は虚空に飛び込んだ。



end





路地裏様に提出。
飛び降り自殺の話




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