遊星*log | ナノ
ぽーかーふぇいす
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「ね、旬平くん。キスして?」

気持ちよく晴れた日曜日。太陽は白く輝き、夏空のスカイブルーはどこまでもどこまでも青く澄み渡っている。そんな真夏の太陽の下で、わたしが開口一番、にっこり笑顔で告げた言葉を聞いた瞬間、彼の動きはピタリと止まった。
空に負けないくらい、爽やかな笑みを浮かべながら手を挙げていた、その表情のままで。


「…きっ、キス!?」

たっぷりの間を取ってから旬平くんが出した声があまりにも大きくて、おまけに素っとんきょうで、周りの視線を一斉に浴びたのがわかる。わたしは訝しげな表情を投げて寄越すその人達を横目に見ながら笑い、唇に指を立てた。
軽く微笑んでみたつもりだったけど、頬が緩むのは止められそうにない。触れた腕を通して、彼が動揺していることがわかってしまったら、余計に。

対する旬平くんは呆然と立ち尽くしていて、その頭の上にはたくさんの疑問符が見えるよう。思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えながらゆっくり視線を外すと、わたしは俯いて息をひとつ吐いた。

再び視線を合わせた後は、一気に畳み掛ける。満面の笑みは絶やさずに、何でもない事のようにサラリと、でも自信たっぷりに聞こえるように。


「うん!そう、キスだよ?今すぐして?はい、どーぞ」

「ど、ど、ど、どーぞじゃないでしょーが!美奈子ちゃん、アンタ自分が何言ってるかわかって…」

「うん!もちろんわかってるよ」

「か、からかってんの?」

「ふふっ!残念でした。わたしはいたって真面目です。それに、ね」

「それに…?」

意味ありげに言葉尻を濁したら、旬平くんの喉元が、次の言葉を待てないと主張するように、小さく震えた。

なんだか胸がくすぐったい。この人は、仕草ひとつでわたしを簡単によろめかせる。わたしをどぎまぎさせるポイントを無意識に突いてくる旬平くんに、本心をさらけ出すのは容易いけれど。



「…だって。して欲しいこと全部言ってって、旬平くんは確かに言ったよ?わたしが服を着てたらダメ?あの言葉は裸の―――…」

「うわっ!ちょ、ダメダメ!ストーップ!しーっ!!」

今度は旬平くんが唇に指を立てる番だった。そしてわたしの手首を慌てて掴み、真っ赤な顔でぶんぶん首を振っている。そうでもして両手を捕まえておかないと、身振り手振りを交えながら何かとんでもない事を今にも口走りそうだと、そんな風に思っているのかもしれない。

はっきりと戸惑いの色が浮かぶ旬平くんの顔を見て、罪悪感が胸を掠めても、それでも。その目に全てを賭けてみたいから、わたしは微笑みだけを返す事にした。


「美奈子ちゃん…」

幸せなはずなのに、想いが深くなればなる程、どんなに走っても、けして縮まらない距離があることを受け入れるのが辛いんだ。年齢なんて些細なことだなんて、笑いながら言えたあの日が嘘のように不安なのだと知られたら、幻滅されるかな。
嫌われたくないけれど、わたしだって時には我が儘になることもあるんだって、理由もない不安がそうさせるんだって、ちいさなことまで全部を受け入れてくれたらと、願いながら仕掛けたポーカーフェイス。

あなたなら見破れるはずだって、わたし、信じていいのかな。


「そんな目で見んなよ…我慢できなくなるじゃん」

「へっ?」

突然ぐい、っと腕を引かれて、旬平くんがわたしを掻き抱きながら呟いた言葉に、心臓が弾んだ。聞き間違いでなければこう続いたはずだ。



「不安になんなよ、ずっと守るから…」

「じゅ、旬平くん、わたし―――」

ごめんね、と言えないままに旬平くんと視線がかち合って、その瞳が周囲のノイズを掻き消し、静寂がうまれた。心臓の音以外は無音で、余裕の顔でキスしてと言ったのは他でもないわたしなのに、世界をまっしろに染められて、唇が降ってきた瞬間には、もう何も考えられくなっていた―――…



「あの…じゅんぺいくん?みんな見てるよ?」

公衆の面前で抱き合い、キスを決めたわたし達に、周井の人が何も言わない訳がない。抱きしめられているわたしの耳にはあまり届かないけれど、旬平くんにはきっと聞こえている筈で。なのに、旬平くんは何も言わず、代わりに腕に力をこめる事で「喋るな」と意思表示してきた。

広い胸の中で感じる腕の大きさ、ふわりと香る旬平くんの匂いに息を呑む。嬉しくてドキドキしているのか、自己嫌悪のドキドキなのかわからない。ただ、我が儘を言って困らせて、気持ちを確認したがるようなわたしを許してほしいと、祈りにも似た想いで回した腕に力を込めて、そっと顔をうずめる事しかできなかった。


「あー…もう離れらんないかも」

旬平くんがポツリと呟いた時、周囲のざわめきが耳に戻り、目は日差しの眩しさにチカチカしていた。


「その…、ね?もっかいしていい?」

「だ、だめですっ!無理無理!」

「…よし、それでこそ美奈子ちゃんだ!」


いたずらっ子みたいに目を細めて笑う旬平くんを見て、身体中のいろんなとこが途端に騒がしくなって、きゅんきゅん鳴りだした。それ以上言い訳しなくていいと、それ以上不安にならなくていいと瞳が語ってる。
仕草ひとつにドキドキして、もっともっとを望んでも、それでもまた不安になった時は、あなたの隣りがわたしの居場所なのだと、その度に教えてくれたら嬉しい。
我が儘で、重たいかもしれないけど、たくさんの奇跡みたいに綺麗なものだけが恋だとは思えないんだ。時折の切なさにだって価値があると信じてる。


ずっと離れないよ、って、不安にならなくていいよ、って、まっすぐ目を見て言ってくれたなら、わたし、また笑えるから。



「好きだよ、美奈子ちゃん」

真っ赤な顔でわたしの手を取った旬平くんは、繋いだ手をそっと握りしめてから言葉を続けた。

「…そのままのアンタでいいよ」




The end.

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