遊星*log | ナノ
ミラクルガール
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今日という日はいい事がひとつもない。目覚まし時計は電池切れで鳴らなかったし、肩の上で切りそろえられた髪と格闘する朝の恒例行事は、一カ所だけどうしても跳ねたまま。鏡の前で泣きそうになって完敗を認めなければならなかった。朝食は食べられなかったし、危うく遅刻してしまう所だったんだ。

そして朝のホームルームの時間、担任の大迫先生がひとつの箱を教壇に置いた。

「よーし!今日は席替えをするぞー、先生またくじを作ってきたから文句はなしだ。それじゃ出席番号1番から順番に引けー」

突然の席替え宣言にざわめく教室内で、わたしの身に緊張が走った。くじ運はよくない。今だって教壇前の1番目立つ席なんだ、それも5回目。何で今日なの?なんて心の叫びも虚しいだけ。

「バンビは強運。5回も同じくじを引いたのは、その席がバンビを求めていたから」

この間の席替えの後は、親友で占い好きのミヨに嬉しくもない運命を言い渡される始末だった。教壇前の席がわたしを求めるなんて、何らかの呪いの力に違いない。わたしを憎む誰かの怨念?それとも…パパとママの願いがこの机と椅子に宿ったの?

次々に箱から取り出されていく白い紙。喜びで飛び跳ねる子もいれば、残念そうに肩を落とす子もいる。目の前のクラスメイト達の一喜一憂を頬杖つきながらぼんやりと観察していた時、誰かが耳元で囁いた。

「美奈子、おはよ。元気ないね、どした?」

身体が跳ねたのは、びっくりしたからだけじゃない。囁き声の犯人は、太陽の光に反射されて煌めく…そんな夏の波を思いださせる爽やかな香りを纏っている。なのにその声には痺れるくらいの甘さがあるんだから…ずるいとしか言いようがない。

「ルカっ!いきなりびっくりするじゃない、もう…」

幼なじみで、好きな人。でも本当はそんな一言じゃ片付けられないくらいに大切な人で、心の底からあなたが好き。こうして近くにルカがいるだけで、身体がどんどん熱くなり呼吸は乱れる。まともに目も合わせられないくらい眩しいの。そんなわたしの気持ちを全く知らない彼は、驚くわたしをクスクス笑いながら見下ろしている。

「なんかやな事あった?」

「これからあるの、やな事が」

動揺を悟られたくなくて、トーンを落として呟いた目の前には胸元が広く開けられた真っ白いシャツがある。素肌が覗くからどうしても目がいってしまう。やり場に困るからやめてほしい、なんて女の子のわたしが言うのはおかしいから黙っておいた。

「そっか、美奈子はくじ運悪いんだった。じゃあさ……」

言いかけたまま、わたしの目の高さに合うように突然しゃがみこんできた。まるで、王子様がガラスの靴を履かせてくれる時のように。

「美奈子、俺の目を見てごらん?」

「へっ……?」

サラサラした金色の髪が光に揺れて、綺麗な顔が優しく微笑む。遠くから見ているだけで精一杯なのに、目を見ろだなんて無理に決まってる。それでも今日はどうしてか、勇気を出してみようと思った。それに、断っても無駄だってわかってる。結局いつもルカの言う通りに行動してしまうのは、彼の甘い声にはどうしても逆らえないからなんだ。ギュッ、とスカートを握りしめてから思い切って視線を合わせた瞬間……その瞳にわたしは射抜かれた。

「美奈子、よーく聞いて?あのね、俺はヒーローなんだ。そしてヒーローはとっても強運だ。だってそうだろ?無敵なんだから……美奈子?聞いてんの?」

「はい…、?」

危険を顧みない性格で、スリルを求めた行動をわざと選んでいるようにも見える人。なのに彼は子供みたいに純真で汚れを知らない目をしていると思う。まるでガラス玉みたいだ。金縛りにあったみたいに身体が硬直してるのに、その声はわたしをふわふわ浮かび上がらせる。本当に不思議な人…

「美奈子、今日はいい席が当たるよ、俺が無敵の力をわけてやる。ヒーローの言葉をオマエは信じる?」

「………うん」

ふわふわ浮いて、ゆっくり着地。漂う意識は夢心地のままでも、その瞳からは何か説明できないパワーを感じる。ヒーローの目力がわたしに移り、無敵を身につけ立ち上がると教壇へと近づいた。

どうか、今度こそは…。いつもはそんな事を願いながらくじを引いていた。でも今日は神様に縋らなくても平気なんだ。だって今のわたしは無敵のヒロインだから。何も考えず紙を掴んでそっと取り出すとゆっくり広げて黒板の番号と照らし合わせた。


番号‘1番’は、えっと…窓際の……い、一番後ろの席!?

「やった!やったぁっ!」

ガッツポーズを出して後ろを振り返ると、わたしのヒーローが微笑みながら立っていた。その手に‘2番’と書かれた紙をヒラヒラさせながら。

「美奈子、1番おめでと。俺負けちった。今日からオマエは無敵のヒロイン、ミラクルガールだ。それから後で教科書見せて?宿題も教えてね、もちろん答えだけでいいから。机も仲良くくっつけようね、お隣りさん!」

お隣り…?その言葉に弾かれたように再び黒板を凝視すると、1番の隣りに2番とはっきり書かれていた。

「ふふっ!いいよ、よろしくね。でも宿題はダメだよ?それから…」

自分の方から海の匂いに飛び込む事ができるなんて思わなかった。さっき彼と目を合わせた事でさえ奇跡的だったのに。最悪から始まった朝は、きっとこの瞬間に最高を迎える為にあったんだ。だって神様はいつでも公平だから。そして、今のわたしはヒーローパワーに守られているから怖いものなど何もない。ゆっくりゆっくり距離を詰めて、身体を巡るルカの香りを感じながらそっと唇を近づけ、ずっとずっと言いたかった事をその耳元に囁いた。

「今日一緒に帰ろう?…ね?」


The end.

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