名前の目覚めは常にかび臭いパイプベッドの上にある。部屋はトイレと赤錆た水の出る洗面台が押し詰められている。
罪を重ねて最後に送られたのは滴る水滴と、呻き声が響く地下牢獄。食事は二、三日に一度噛めない固いパンと飲める水が来ればいい方だ。

未だたまに「可愛がられて」ウェスカーの元へ連れていかれるけれど、結局はいつもの居場所で目が覚める。
現に、お決まりのパターンで気が付いて、気怠さを押し退け起き上がった名前の腹は、ナカで動いた男の名残を感じて疼いた。


『!』

しかし鈍痛に下腹部を押さえて項垂れていた名前は滑らかな質感のシーツに気づく。しかもどういうわけか服を身に付けていない。パッと顔をあげればベッドはワインレッドのカーテンが垂れた天蓋付きで、サイズは一人で寝るにはスペースは有り余り、どこぞの王室においてありそうなほど大きい。

そもそも部屋自体が広くなり、ベッドの脇にあったこれまた大きなクローゼットに目が行った名前は重い体を動かして中を覗いてみた。思わず口を押さえてしまう、中にぎっしりと詰められた色とりどりのイブニングドレスは圧巻であった。

一際目を引いたのは黒のドレスだった。胸元のデザインはマリリン・モンローを思わせるような、しかし足元は落ち着いた膝丈の長さで、腰で結べる大きめのリボンは華奢な名前のラインに良く似合う。

部屋にあるのは服だけではない。特大ミラーの付いたドレッサーには某有名ブランドの化粧品がずらりと並ぶ。肌ケアの類いはカスタマイズされているのか、決まったものしか置かれていない。積み上げられた箱の中には高価であろうジュエリーがゴロゴロと。ショーケースを見ているような配置の靴はどれも美しかった。バスルームは金の猫足の付いたバスタブもある。
部屋の至るところに花が、テーブルの上にはお菓子とフルーツが飾られている。
最も衝撃的であったのはテレビが設置されていたことだった。
鮮明な最新の映像は懐かしくも感じ、日付と時間を認識できる。
それではと外出も試みたが、豪華な取手の付いたドアは常時鍵が掛かっており自力で外へは出られなかった。
やはり窓はないが、圧迫感を感じさせないように工夫されているらしい、素人ながら名前にも感じ取れる。

――――コンコンコンッ…

『!』

まだまだ部屋の探索途中、ドアを三回ほどノックされる音が鳴った。
ウェスカーが来たかと固唾を飲んで身構えていると、入ってきたのはなんと、カラカラと台を押すメイド服を着た女性だった。


「お食事のお時間です」

『!?』

ご丁寧にお食事とは何事か。
席へ腰を着くととメイドは淡々と料理を並べる。これは創作料理か、名前は食べ方に悩む。

『あの…』

「…はい?」

『…ここはどこですか?』

「質問にはお答えできません」

『……』

研究員より危険性はないとは言え、定番の質問にメイドは素っ気ない。
口へ運んだ料理はと言うと、絶句するほど美味であった。

――――――――――――

生活の豹変振りに混乱の耐えない名前は、美味なる食事をデザートまで済ませると、一先ずバスタイムを満喫し、ドレッサーへ向かった。

誰に見せるわけでもないのに胸は高鳴る。きらびやかな化粧品を手に取ると、鏡に向かって化粧を始めた。靴ももう決めてある、履いているのは歩けやしないのに十センチ近くあるピンヒール。
どうしようかと試行錯誤しながら顔付きが大人味を増していく。
控え目ながら最後の仕上げに唇を作ろうとするも、色が豊富で決まらない。
ルージュにグロス、引き抜いては違うと首をかしげて戻す動作も楽しくて、名前の口元は自然と弛んだ。


『――――』


たがふと、顔を上げたとき、名前の後ろに赤い双眼を持つ男が立っていて――


『――っ!』

「そのままでいい」

席を立とうとした名前をウェスカーは静かに押さえた。
驚いたことに彼は黒のタートルネックを着ていて、いつもの手袋、サングラスはなしだ。

後ろから伸ばされた男の手に彼女は肩を竦めて怯えたが、その手はとあるルージュを優しく差し出す。

これを付けろと言うことか、名前は従って微かに震える手で唇に色を添えた。

仕上げに唇を軽く弾いて鏡に映る自分は、我ながらとても華やかだった。


「美しい」

ウェスカーの手の甲が名前の頬を愛でる。
男の一言はじわりじわりと彼女を熱していく。

鏡を見て林檎のような顔色に変わってしまったことに気づいた名前は慌ててチークに手を伸ばした。
しかし取る前にウェスカーに手を取られる。

「これは必要ないな?」

囁かれたあと彼女はその手を引かれ、立ち上がる。


『――あっ!?』

だが一歩踏み出て名前の体は崩れてしまった。

『!』

男の腕に救われて名前は胸に抱かれていた。
動揺が隠せず固まっていると浮遊感に襲われ、彼に抱き抱えられたことに気づくとますます名前は顔を赤らめる。

ウェスカーの歩みはベッドへ向かい、名前を丁寧に下ろして腰掛けさせると、彼は座る彼女の両脇に手を付いて口付けを施した。

最初は数回啄んで、次第に掬うような形に変わり、最後に唇に食らい付き舌を絡める。より深さを増す前にウェスカーは口付けを止めて名前と向き合った。

男に口紅とは妙だが、しかし色が移って輝く彼の唇は恐ろしく艶やかで。


「気に入っていただけたかな?」

控え目にうんうんと名前が小刻みに頷けばウェスカーは満足げにまた唇を一口啄んだ。

『…ここは…?』

「新しい部屋だ」

『どうして…?』

「細やかなプレゼントだ、…とでも言っておこう」

彼の前では極端に声が小さくなってしまうことに変わりはないが、今なら名前は別人のような化け物の目をしかと見つめることができた、逆を言えば見つめる他何もできないが。お礼の一つでも言うべきかと考えるも声を掛ける勇気が出ない。


ウェスカーは名前の頬を撫でて立ち上がると、彼女に背を向け呆気なく帰る素振りを見せた。

『………』

――――行ってしまう。彼を見て名前は咄嗟に追うように立ち上がり、実際歩き出してバランスを崩し、男の背に手を付いた。

一間置いて自分の行動を悔いた名前は気まずそうにウェスカーの顔を見上げる。

『ごめんなさいっ…』

名前は俯き背から手を離す。
その手は下ろされる前に熱に包まれて、ふらつく体は男に抱き寄せられた。

「懲りない奴だ」

立ち上がった理由は名前にもわからない。だが抱き締められることに確かに安心感があって、逞しい背に手を回して服を握りしめる。


「欲しいものがあればくれてやる」

降ってきた男の言葉に名前は強い鼓動を聞きながら考えた。
答えはすぐに浮かぶ。彼の見えないところでまた頬を真っ赤に染め、彼女は言葉で返す代わりに服を握る力を加えて、高く厚い胸に顔を埋めて訴えた。

慣れることはあっても懐くことはない。それが名前。
極めて稀で、いじらしい要求をウェスカーは承諾し、飽きるまで胸に閉じ込めた。
名前がもういいと反応を示したら、彼女が酸欠で座り込むまでキスを送り、その次は迫りベッドの中央まで追いやり、全て計画通りに進んだ最後は、少し前に抱いた体をもう一度堪能した。

====胸の中で動いた唇は小さく願う====


――――あとちょっと…


☆あとがき☆
ぽん太郎様。素敵なお題ありがとうございます( ˘ ˘ )
いかにしてウェスカーさんをへろく見せるか…。考えた挙げ句4のウェスカーさんスーツなしタートルネックでした。5のウェスカーさんが着たらそれはもうへロイかと思いまして、ちょっぴりマニアな方向に向かってしまいました(^^;
さっぱりめ且つ互いに甘めにしてみました。ちょっかい出したくてたまらないウェスカーさん。ちょっかい出されてついにがっつり甘えてみちゃった主。
いかがでしょうか?(´・ω・`)
我が家のウェスカーさんを愛してくださって本当にありがとうございます!とてもとてもオイシャスでした!\(^o^)/ありがとうございました!!!!(^^)てぃ〜にゃ

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