ふぁごっと | ナノ
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閉園した遊園地の敷地内の遊具が不気味に佇む深夜2時。錆びた馬が薄笑いを浮かべるメリーゴーランドを越えれば、さらに鉄臭いコーヒーカップが「彼」を出迎えた。そこにはいないはずの人影が二つ、そして近づいていく人影が一つ、合わせて三つ。


「可愛いじゃん…その犬」

「でしょう?」

最初に投げ掛けたのは「彼」、受け答えてニタニタ笑うは全一、黒を基調としたハイセンスなゴスロリファッションに、犬耳をつけて首輪に繋がれているのは名前。


「で、病人こんな所に呼び出しといて今度は何の用だ?」

彼はお決まりのジッポで美味しそうに煙草をふかす。

「名前に会えなくて寂しいと思って」

「殺すぞ」

「冗談ですよ。ほら、病院生活はさぞかし窮屈でしょう?先にいくつか仕事を渡しておきます、お好きな物をお選び下さい、気に入らなければまたの機会に」


差し出された資料に見向きもせず、素通りした「彼」の興味は名前にあった。
元から愛らしかった顔は化粧でさらに上品な顔立ちに。煙草の灰を落としてまた咥え、毛先を巻かれた艶ある黒髪を彼は指で愛でる。


「名前」

『………』

「…可哀想に、躾けられたか」


虚ろな瞳は一点を見つめて、大好きな「彼」を目前にしても無表情でいて微動だにしない。
一気に煙を吸い込んだ「彼」は煙草を外し、吐き出すと地面に吸い殻を捨ててにじり踏む。煙たい霧に乗じて名前の頬を手で包み、上向きにさせると触れそうなほど唇を近づけた。


「もう少し待ってな…?」

猫撫で声で口付け、苦い深みを与え引き抜き、つり目を切なげに細めて離れる。
踵を返すと、ついでという感じで全一から資料を取り上げ闇夜に溶けていった。

知らない「彼」の一面がよほど可笑しかったのか、全一は笑いを堪えるのに必死だったらしい。

「素直じゃないなー…」

消えた「彼」に代わって今度は全一が頬に触れる。


「どうやら『彼』にとって君は刺激が強すぎるようだ。ククッ…あの殺人マシーンが一人前に人を愛でるとは…。……でも待てよ?プログラムに誤作動が起きていないか心配だな、経過監察とそれから……」

止まない独り言を全一はブツブツぶつぶつ…。
名前は刺々しい首輪に結ばれたリードに引かれて歩き出す。

やがて全一は納得のいく結論に達し「よし」と頷いた。


「いつまでも女々しくいてもらっちゃ困る。そして何事も名残惜しいくらいが調度いい。彼の機嫌も取ったし、僕も注げるだけの愛情を君に注いだ」


―――――さよならの時間だ


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