その1
こんなのずーーーーーーーっと書いててだめでした集です。冒頭部分です。
====その1====
権力ある者だけが居座る仕事場はまるでホワイトハウスのようで。レッドカーペットが敷かれた豪華な内装の施された通路を、クリス・レッドフィールドは靴音鳴らし足早にとある一室へと向かっていた。
目的の部屋へ辿り着いた彼がドアを開けると、上質な黒スーツに身を包んだ男がデスクに肘を着き、指を組んでクリスの到着を待ち望んでいた。その表情は背後の窓より注がれる後光に陰って窺えない。
クリスが口を利く前に、男は組んでいた指を解いて彼を制す。
「態々君をここへ呼び出した理由は他でもない。『彼』についてだ」
「彼…?」
黒スーツの男のデスクの脇で立っていた、軍服を来た小柄な男が前へ出る。
距離が離れていてもわかる華奢で低い背丈の彼は、クリスに向かって敬礼した。
「まもなく行われる鎮圧部隊の新人育成兼、選別のための訓練参加者リストには君も既に目を通してあるはずだ」
「…確かに彼に見覚えはありますが……」
「だが、『彼』の経歴は書類とは異なる。『彼』は特別だ。『彼』は『彼女』であって『彼』ではない」
「?」
黒スーツの男はデスクの上へ取り出した資料を静かに置いた。
「彼は私の部下としてB.O.W.を売り捌くテロ組織を撲滅すべく、潜入工作員として任務を遂行していた。半年前、長年の苦労が実って組織をついに壊滅させることに成功した。
………彼はそれなりの立場にいたのだがね…、何を思ったか、約束された将来を捨てて鎮圧部隊へ移りたいと志願してきたよ。……君と通ずるところがあるのではないかな?レッドフィールド君」
「……」
「私は彼の功績に免じて部隊へ移れるよう手配してやった…。……それから間もなくしてのことだ、彼が殺されたのは…」
「…??」
「…前置きは長くなったがここからが本題だ。どうやら彼は死ぬ前に壊滅させたはずのテロ組織の残党と接触していたことが判明した。我々はなんとしても奴らを根絶やしにしたい、そのためには君の協力が必要不可欠だ」
一体この男は何の話をしているのか、謎多さ故疑問さえ浮かばないクリスは返す言葉が見つからなかった。
「混乱するのも無理はない、だが幸運にも我々は彼のドッペルゲンガーのような存在を見つけ出すことができた。性別までは一致しなかったが、彼は元より中性的な顔付きで一部の連中には『ガール』と呼ばれていたほどだ、また男色家にも大いに好まれてね。どうだね、渡されたリストの写真と瓜二つだろう?」
「…???」
「どうか『彼女』を『彼』として扱ってほしい。謂わば囮捜査であって、『彼』が生きているとなれば奴らは情報を審議するために必ず現れる。彼女自身なかなか質もいい、問題はないだろう」
「ま、待ってくれ、勝手に話を進めないでいただきたい」
クリスは必死に頭の中を整理しようとした、ついに言葉は出たけれどやはり内容についていけない。
「突然呼び出されて、いきなり協力しろと言われても首を縦には振れない」
「それはそうだ。では、君に受け入れていただけるまでとことん説明させていただくとしよう」
男は『彼』に資料を渡すとクリスの元へ寄越した。薄気味悪い睨み合い、そして混乱の最中、『彼』はクリスに向けられた視線を逸らすように、遠く一点を見つめ前を向き続けた。
―――――――
「……」
帰り道、クリスの運転するジープの助手席には『彼』がいた。
―――――――
「…さっきから一言も話さない彼女の声はどうなってる?」
「……だ、そうだ。さぁ、自己紹介して差し上げなさい」
気丈の活気を張り付けた顔は再び敬礼し、ようやくクリスと目を合わせた『彼』の瞳には色濃く潜んだ不安が浮き彫りになっていた。
『名前・苗字です』
「!」
凛とした好青年の声色が、あどけなさ残る容姿から発せられれば、クリスの中に拭い去れない強い違和感と衝撃が残る。
「ホルモン剤を投与してある。女の影はない、君の望む会話ならいくらでも可能だ」
―――――――
『……』
軍人を気取って胸を張っていた『彼』の姿はどこへやら、呆然と景色を見つめる横顔は、幼く可憐な少女の顔付きだ。
よほどそとが気になるのか時折あからさまに送るクリスの視線にも『彼』は気づかない。
「名前」
『!』
「資料の彼は23だったが、君はもっと若いだろう?本当はいくつなんだ?」
『…21です』
「実戦経験はあるのか?」
『あります…』
「どれほどの期間だ?」
『大体、2年ほど…』
「そうか」
―――嘘。答えに空く妙な間、直感的にクリスが感じた真実は話す全てが偽り。
覇気のない消え入りそうな声。名前はあからさまに自分に怯えていた。
だが時は待ってくれない、関係者以外立ち入り禁止のフェンスを越えれば目的地到着は目前であることを知らせている。
キャンプ地は鬱蒼とした森林地帯の中にあった。舗装された道からやがて砂利道へと変わって行き車体から伝わる振動は大きくなる。
「自分がどこへ行くのかわかってるのか?」
『…はい』
「まだ君を正式に受け入れたわけじゃない。力量次第で危険だと判断したらこの作戦は中止させる」
『わかってます…』
ひ弱な外見の#NAME1##の実力は未知数だが、彼女はこれから問答無用でむさ苦しい男だらけの空間に放り込まれる。
訓練期間中過ごす仲間は一重に新人とはくくれず、中には突出した技能を持ち得た者も居り、訓練と言っても実際B.O.W.と対峙することもある。切磋琢磨、容赦無用で競い合い揉まれながら生き残らなければならないのだ。
――――――
「断ればどうなる…」
「他の部隊に配属させるまでだ。しかし我々は君の管轄下に『彼』が置かれることが最も安全だと見込んでいるのだがね、やむを得ない事情があると言うならば仕方ない」
――――――
様々な疑念や問題に対する説明は確かに十分に受けた。
部下であり家族である仲間には絶対に危害が加えられることはないと念も押されて。
しかし実に気に食わない男だったとクリスは振り返る。
―――――
「組織は違えど目指すべき世界は同じはずだろう、レッドフィールド君」
―――――
チープな言葉を並べて、それでも従わざるを得ないというのであるから世の中なんとも不条理である。
入れ替わりの激しい鎮圧部隊のメンバー、しかし危険を省みず志願した屈強で勇敢な戦士達は今、一部屋に集められて横一列に並び、自己紹介の場を設けられていた。それほどお堅い儀式形式でないにせよ、緊張の面持ちを窺わせ一人一歩前へ出て名を名乗り、また一人と繰り返す。平均的に並んでいた男達の背丈はある時ガクンとへこんで、好奇な視線を一点に向けられているのは言うまでもなく名前だった。
『名前・苗字です!』
『彼』の奇妙な容姿に皆口々に小言を囁く。後に続いた新人は不運にも名前のお陰で印象にも残らない。
事実『彼』は女だ、このざわめき様にクリスは素知らぬ顔でいた。
かくして見習い兵はそれぞれのチームに分けられ、さらにベテラン新人問わず共にプライベートな時間を過ごすルームメイトと部屋を振り分けられた。一部屋四人でルームシェア、次々と新人の名を読み上げ組み合わせを決めるクリスを、名前は最後の最後までじっと見つめ続けた。
「待たせたな名前。忘れてたわけじゃないぞ?」
軽くからかったつもりなのに『彼』は本気にしたのか悲しげな表情を浮かべる。なんて顔をしているんだと、クリスは苦笑いを浮かべて名前の柔らかな短髪をくしゃくしゃと撫でた。
「すまないが、名前とピアーズは二人で一部屋使ってくれ。聞こえはいいが角部屋でかなり狭いんだ。あまりにも辛いようなら言ってくれ、考える」
「俺は構いませんよ」
『!』
いつの間にやら、名前は真上から降ってきたよく通る声に驚いて肩を竦める。
「名前は?」
『大丈夫です…』
「決まりだな、よろしく新人」
俯き気味の視界を上に向ける前に、勢いよく差し出された日に焼けた武骨な手に名前はまたもやたじろいだ。『彼』は握手を返すと紅葉のような小さな手はすっぽりと彼の手に包まれる。
「ピアーズ・ニヴァンスだ」
ここでピアーズと視線を交わした名前は、いかにも軍人の雰囲気を纏った彼に顔を強張らせた。
『名前・苗字です』
「知ってる」
『彼』の爆発寸前な緊張感が伝わってきたピアーズはニコニコっと笑うと、クリスと同じく名前の頭をくしゃくしゃに撫で回す。
早速名前の緊張を解こうと動く面倒見のいいピアーズを見て、クリスは一安心した。
「さぁ、部屋が決まったところで早速行ってみてくれ」
皆一連の流れの説明を受け、クリスの掛け声を合図にそれぞれのグループは解散した。
「さて、俺らも移動するかね」
片手で軽々荷物を持つピアーズに対して、胸に抱えるように持つ。
『お世話になります』
「いいね、礼儀正しいのは大好きだよ。でもちょっと堅すぎるかな」
かちかちに固まる名前の肩をピアーズは笑いながら軽く叩いて宥める。
「ピアーズ!」
「!」
部屋を去ろうとしたとき、ピアーズは背後から呼び止められて振り返った。
「話がある。すぐに終わる」
クリスに手招きされてピアーズは行ってしまった。険しい顔で、こそこそと会話する二人の背。名前は呆然と、自分の殻に閉じ籠るようにその光景を見つめた。
ピアーズに連れられ名前はこれから時を過ごす部屋の前までやって来た。ドアが開かれ、ピアーズは部屋の電気のスイッチを入れる。
「んー…、確かにちょっと狭いかもな…」
彼に続いて入室すると部屋のサイドには二段ベッド、奥は隣り合って置かれたデスク2つがみっちり置かれ、荷物を床に置こうものなら足の踏み場がなくなる。
「荷物はベッドに置けばいっか」
ピアーズは適当に荷物を下段に放り投げるとベッドに潜り込んだ。
『……』
名前ははしごを登りわざわざ荷物を上段に引っ張り上げた。
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