21

前屈み気味の姿勢であろうと「当たりどころ」が悪く、妙に焦らされ擦れて刺激が積み重なってゆく。

時が経てば収まると、彼は無心になってひたすらに歩みを進めていたが、そうもいかなくなってきた。

別に特別溜まっていたわけではない。

一体彼の身にナニが起きているって?察せないのであれば読まないことをお勧めする。

わずかな時間の間、逃げるに逃げ切れず、追い詰められて熱を持ち始めた「塊」はついに悲鳴を上げた。



「……っ」

自然に狭くなっていた歩幅…。
過敏になった下半身は一瞬支えを失いよろめいた。

『……ピアーズさん?』

彼の異変に気が付いた名前も心配そうに呼び掛ける。


「…大丈夫だよ」

そう言う彼にとって、今は名前の労りの囁きさえ「毒」。

情けない…。彼女を背負いなおして、気力で押し進める歩みは打って変わって頼りないのだ。


『私、歩きますよ…?』

「…さっき気にしなくていいって言ったでしょ」

『………』

冷たくあしらうようで申し訳ないが、ピアーズは名前を「こんなことで」歩かせるわけにはいかなかった。

『………。!』

名前は一度は口をつぐみかけたが、ならばと切り返す。


『体が痛むので休ませていただけませんか…?』

「え?」

歩けると言ったそばから横になりたいとはとんだ矛盾である。
だがピアーズはわかって言及することは止めた。

「…柔らかいベッドにありつける保証はないよ」

『構いません。横になれるなら床で十分です、ここでも大丈夫です』

「………」

これまで殆どノンストップであったことには変わりなく、名前を本当に休ませることとして、ピアーズはどの部屋に入ろうかと辺りを見回した。どこでもいいと言われても、いざという時カバーが効く場所でなくてはならない。

「!」

そんな彼の目にとある部屋のドアの文字が映る。


――――警備室――――


入ってみると無数のモニターの明かりだけが頼りの薄暗く狭い室内だった。クリアリングは完了。倒れた椅子とボロく傾いた椅子は、どのみちどちらも座れそうにない。

荒らされた痕跡があり、無惨に破壊されたパネルと通信器具は、地上との連絡手段は相変わらず皆無であることを突きつけてきた。

当然と言ってはなんだがベッドはない。名前を床に下ろし、手掛かりがあればとピアーズはモニターを利用して、寝室なり仮眠室なり医務室なり探す。

「やっぱりベッドがある部屋なんて、そうあるモンじゃないな…」

『いいんです、休めるだけで』

名前はよたよたとスラックスを握りながら自力で壁際にまで動き、楽な体勢で項垂れる。
モニターを一頻り見た彼もベッドはないと確信してそのあとを追い、並ぶように名前の隣に片膝を立てて座った。

『…ハーブ味の薬、使わないんですか…?』

「」

ピアーズは驚いた表情を浮かべたが、自嘲すると困ったように笑って首を振った。否定されても名前は心配せずにいられない。熱っぽく潤んだ瞳は彼らしくないし、ポーカーフェィスを気取っていても不自然で、どことなく落ち着きがない。目を合わせようとしてもすぐに逸らす。


「名前の方こそどうなの?ここじゃ休めないんじゃない?」

質問返しをくらって名前はそんなことはないと、首を横に振った。

二人の間に漂う深い沈黙。

雰囲気にいたたまれなくなったピアーズはカンティーンを取り出して飲もうとしたが、飲み口が唇に触れる寸前、ふと横を見れば物欲しそうな目で見てくる名前がいた。


「飲む?」

差し出された名前は大きく頷いて、ピアーズからカンティーンを受け取る。

ぱりぱりに乾いた唇。待ちわびた水は一口含むと、舌には旨味と痛みがやってきた。
――ゴクリ…。それでも飲めば溺れかけたときに飲んだ水と違って、この水は疲れを癒してくれる。


「あるだけ好きに飲みな」

遠慮して返そうとした名前にピアーズは言う。彼女は彼の言葉に甘えて、喉を鳴らしこくこくともう一飲み。


『ありがとうございました…』

満足そうに濡れた口を甲で拭って、名前は彼にカンティーンを手渡す――


『――――あっ…!』

「」


―――はずだった。

互いの僅かなズレから、カンティーンは受け取られることなく、抜け落ちていく。
名前は拾おうと咄嗟に手を伸ばすも、転がるそれはピアーズの胸から腹へ。
それを漸く――パッ!と掴めた場所は彼の下腹部だった。

『』

名前言葉を奪う、彼女の手を押し上げるのはカンティーンではなく「巨大な突起物」 ソレは大きく膨れ上がって、苦しそうにズボンの下で呻いてる。

固まり動けずにいる彼女の視界から遮るように、彼は立てた膝を動かしソコを隠すと、平静を装ってカンティーンを取り返した。

『…………』

船が転覆するように場の空気が180℃グルッと変わる。脱け殻のように放心状態で俯く名前の頭は脈打つほど緊張している。

「………っ」

隣で静かに唸るのをくっと堪えて男が飲む生唾の音は生々しく、鼻から抜ける溜息は長く切ない。抜かずに収めるのは想像を絶するほどに辛いのだろう。

そんなカレを見た名前は自分を責めて混乱した。
間抜けな自分が状況問わず迂闊に頼ったせいで、こんなコトにっ…。爆発しそうな羞恥心と自己嫌悪と申し訳なさに居たたまれなくなった名前は衝動的になる。


『わたしっ…外で待ってますねっ…!―――ッ!?』


だが言い逃げするように動こうとした名前の腕は彼に掴まれた。

掴んだピアーズは引き留めなければと思いながらも言葉が見つからず、捕まれた名前は反動で鋭い痛みを感じ、あとは呆けてなにも考えられない。

「ごめん…」

はっと我に返ってピアーズは謝って手を離した。

「ごめんっ…」

そしてもう一度呟くと頭を抱えたくなるほどの自己嫌悪に苛まれた。肝を冷やして萎え始めたと思えば、彼女の『顔』を見て、また疼く。汚ならしい…だがどうしようもない。


――本当にどうしようもない。

だがどうしようもないのは名前も同じ。お互い言葉が見つからず、再び重く深い沈黙が漂い続けることしばしば………。


『私じゃなにも………できないできないですもんね……』


黙って黙って…名前がおこがましいと思いながらもやっと口を開いた言葉は、ピアーズの頭を殴りつけるような内容だった。
――私じゃ…?聞き間違えたと思って彼は思わず頭を上げる。

かじりたくなるような火照った頬、子犬のような潤んだ瞳。
奉仕の心と秘めたる魅力で雄を誘惑し、ピアーズはくんっと体を惹き寄せられるようになるが、相手は怪我人と、悶悶としながらどうにか動きを止めた。

けれどソコは熟れて、ある種の「おあずけ」をくらい、彼の口の中は唾液で溢れる。冷静さを取り戻そうとしても、若さゆえかナニは気が狂うように猛り立つ。
―――イタイ…イタイ…ハキダシタイ……
生真面目な人間ほど、このような道徳心を問われるとき、振り幅が振り切れてあらぬ方向に飛び出すもの。

呼吸を乱された彼の頭には血がのぼり、視界さえ歪む。自分が近づいている?それとも彼女が?ピアーズには名前が段々と近づいてくるように見える……―――

「」

ふと気が付いて本当に重なっていた唇に、彼は頭が真っ白になった。何が起きているかわからず、不意に、意識を呼び戻されるようにソコを上下に揉みしだかれると、カックンと腰が女のように浮いて揺れる。
理性の輪から解放された性欲に従い、彼女の手に自分の手も重ねて欲にまみれてソレを押し潰せば、軽く意識が飛びそうになった。――イタイほど揉んでカタチをなぞって濡れた布の上から擦って永遠と繰り返せる……。それはまるで初めて及んだ行為みたいに夢中になった。

突き放さなければならない名前の後頭部を掴んで食らいついた唇は極上、ナニは痺れ脳髄から溶かされて快楽の前では抗うすべなし。
キスはモルヒネより効力を発揮すると言い、重度の痛手を負う名前の痛覚も幸せに狂わせる。

啄んで揉まれて、吸い付くように美味しい唇を貪って……――――

「だめだっ……」

濃厚に唇を重ねること数回、目から理性の光が消える前に、ピアーズはソレを揉み、腰を痙攣に導こうとする優しき彼女の魔の手を剥がす。止められない口付けもいざピタリと止めると、恋しくて堪らない。

「だめだ、だめだっ…こんなのっ…!」

未練がましく離れきれず、ピアーズは名前と額を合わせて、目を瞑る。

「最低過ぎるっ…」

そう言われて悲しげな顔をした名前の濡れた唇に、彼はこれが最後とかじるように己の唇を重ねて味わった。額と同じく、唇もまた離れるのが口惜しい…。


「許してくれ…」

そうピアーズの言葉が頭に響いた瞬間、名前の視界はクラリと、まるでかけられていた魔術が解けたみたいに真っ暗になった。彼女は問う。――夢…夢…?これは大胆な自分が見せてくれた夢?鼓動は止まるような落ち着きを見せ、沸いた血が解放をきっかけに凍りついていく。ゆっくり、すばやく、気は遠退いていく。

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