09
少しずつ広がる視界。意識がはっきりしてくると、痛みもさらに増してくる。気が付けば名前は彼に背負われ揺られていた。
『痛いっ…』
「!」
耐え難い痛みに名前が呟くと、ピアーズの歩みは止まった。
「気が付いたか」
背から下ろされ名前は壁に凭れて、顔を歪ませた。目を瞑り自ら心を落ち着かせようにも、気持ち悪さに呼吸は浅く、額には脂汗が浮かぶ。
「…ちょっと見せてね」
ピアーズが腕を見ている。
名前は重いまぶたを上げて、辺りを見渡した。
コンクリートの壁。じめじめした空気が息苦しい。錆びたパイプから雫が滴る音。ここは通路か…?蛍光灯は寂しげな光を放っている。
「………」
名前の包帯には鮮血が滲んでいた。ここへ落ちたときの衝撃のせいだろう。このままでは彼女が危ない。彼は手持ちの器具と新たな包帯で止血を試みる。
『…っ!』
それは処置完了を知らせるように、呆けていた名前は急にきつく結ばれた包帯に唸った。
―――シャッ、シャッ…。
『………?』
音に反応して彼女がうっすら目を開けると、スナイパーグローブを外したピアーズの手のひらに無数の錠剤が乗っていた。
「口を開けて」
彼の指先が運ぶ錠剤が唇に触れ、指の腹が粒を押し込む。舌も痺れるツンとしたハーブの味。上手く呑み込まずにいられると、ピアーズはカンティーンを取り出して彼女に水を飲ませた。
僅かな隙間から錠剤を口の中に入れるたびに、彼の指先も舌に触れて濡れていく。もっと口を大きく開けたくても、その気力さえ今の名前にはない。
「大丈夫…?」
ピアーズの指を咥えながら彼と目が合った名前は、こんなタイミングで話してきた彼をちょっぴり恨んで目を伏せる。
即効性の錠剤はよく効き、水に濡れた口元を彼に軽く拭ってもらった頃には、真っさおだった名前の顔に少し色味が戻ってきた。
「少しこの先の様子を見てくるね」
『……えっ…?』
「安心して、遠くには行かない。すぐ戻る」
名前の重たい腕では立ち上がろうとするピアーズの服の袖を掴めない。
だから代わりに懸命に何度も呟く。
『(行かないで)』
その言葉はもちろんピアーズに届いていた、だが彼は名前を助けたいからこそ、先を急がなければならないと知っている。
「待っててね」
彼が浮かべる優しい笑顔。
でも彼女にとっては悲しみの材料にしかならない。
どれだけ目に涙を溜めても、彼は武器を握り締め立ち上がる。
そしてついに駆け出した彼の背を、彼女は悲しげな目で見送るしかなかった。
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