08

無線はノイズが走るばかりで繋がらない。
ここは地獄か。一歩ごとに襲い来る激悪臭は鼻を折り喉を抉る。
背にいる名前も何度も喉を鳴らして嘔吐いては臭いに耐えている。
ライトで照らせど先は見えず永遠と続くのは黒いゴミ袋地帯。
さて、彼女はこの光景に耐えることができるだろうか?


「………」

答えは否だ。
ビニール袋と生ゴミが散乱している程度だったら、不安を煽ってまで目を瞑れとは言わない。
喧しい羽虫。蛆はどこにだってわいている。水っぽい耳障りな音と感触。嗚呼、踏んでしまった。これはまだ比較的新しい。色白で、柔らかく、腐りかけて肘から千切れた手。袋の中はおぞましい、踏んで破れて溢れてくる赤黒い液体、詰められていた細切れの交ざりあった肉と剥き出しの骨。一本、二本……数えきれない肉の山、見たくもない他人の頭部にピアーズでさえ動じずにはいられない。
この空間で平静を保つことなど不可能だった。況してや彼女は一般人。現状で正気を失われては困る。


『…まだ、出れませんか…?』

「もう少しかな」

繰り返されるこのやり取り。言葉になんの根拠もないが、ピアーズは名前を励まし続けた。


「!」

そしてついに行き止まりとなる壁が現れる。縦に細く微かな光が見えたのだ。辿っていくと運が良いことにドアが付いていて、光はここから漏れているらしい。
重い鉄の扉に手を掛けてみたピアーズは開きそうな手応えを感じる。
名前もこれまでと違った雰囲気から、彼が何か探り当てたことに気が付いて項垂れた顔を上げた。


「まだ目は開けないでね」

この先に地獄の終わりがあると信じて、片手で銃を構えたピアーズは固唾を呑んで扉を押し開ける。

「……!」

射し込む光。ありがたみを感じる無臭の空気が鼻孔を抜ける。出た場所は皆目見当もつかない。狭く淀んだ一本道の通路の天井には点灯した蛍光灯が。設備は古いが機能しているようだった。


『もう、目、開けてもいいですか…?』

「ああ、もう大丈――――」

グワッと身体が地獄に引き戻される。背中が仰け反り、引き剥がされた名前の掠れた悲鳴が響く。――ついに出たか。向けた銃口の先にいたのは眼球を真っ赤に変色させたゾンビ。

化け物が名前の首に食らいつく瞬間、時の流れは緩やかに、ピアーズは寸分の狂いなく腐った額に風穴を開けた。

飛び散った肉片は名前の顔にこびりつく。
そして振り返ってしまった。彼女は見るなと言われた世界を見てしまった。

『あ…あっ……あ…』


―――プツリ。名前の視界は真っ暗闇。

全29ページ

表紙Top前のページ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -