06
しかし妙なことに軒並みはぽつぽつと、徘徊しているゾンビの数と人口が釣り合わないような気がしないでもない。

化け物と対戦する内にクリスは街の建造物の異変に気づいた。壁面を観察するとどの建物にも大小の亀裂が見られる。年期の入ったビルや店ならまだしも、新築の民家の壁面にも不自然なほどざっくりとひび割れているのだ。
聞けば明け方、街一帯で地震があったとか。それもかなり大規模な。

「………」


……この惨状、果てして本当に地震だけであったのか、クリスは疑念を抱く。


「【アルファチーム、こちらピアーズ・ニヴァンス】」

「!」

無線機に通信が入り、声の主はピアーズだった。

「どうした?」

「【報告です。○×ショッピングモールの地下で大規模な爆発があった模様。現在も多くの生存者が生き埋めになっている可能性があります】」

「爆発…?」

「【はい。向かえますか?】」

「…了解。報告御苦労」


不穏な臭いが漂い始める、明け方の地震と爆発騒動、直後に起こったアウトブレイク、関連性はなきにしもあらず。

この真相を探る為には地下へと潜る必要がありそうだ。通信を切ったクリスは部隊を率いて、再び化け物の巣へと踵を翻していった。


―――――――――


一方その頃、報告を済ませ、通信を終えたピアーズは近づいて来るプロペラの音に気が付いた。
ボロい窓ガラスは風圧を受けて揺れはじめ、外を覗けばちょうど機体が着地する。ヘリはどうにか無事到着したようだ。―――コン、コン、コン…、そして合図を送るように、外からタイミングよく部屋のドアがノックされる。

「ピアーズ、迎えがきたぞ」

「ああ、わかった」

仲間からも呼び掛けられ、彼は移動のためベッドに横たわる名前に声を掛ける。


『………』

起こされた名前はピアーズから告げられた街の状況を受け止められずにいた。ゾンビなんかいるわけない。
余裕なんてないくせに、彼女は痛みを堪えて驚くべき程の気力で身を起こすと、拗ねた子供のように彼からそっぽを向いた。


「!、なにしてるんだ…!」

『…自分で動けます』

「だめだ!担架が来るからじっとしてろ!」

目の前にいる兵士の存在が嫌でも話に信憑性を持たせ、直視せざるをえない現実を突きつけられる名前は不快で仕方なかった。

「…頼むよ。君を押さえつけて寝かせるような真似はしたくない」

これは彼の警告か。だが名前はやれるもんならやってみろと、意地を張って自力でベッドから立ち上がって見せた。平衡感覚が狂っているのか、吐き気を催すほどに視界が揺れて気持ち悪い。フラフラになりながら、それこそゾンビから逃げるように、彼女は部屋のドアまで辿り着くと倒れる勢いでど突いて開ける。

「止めてくれ!」

ドアの向こうで見張っていた仲間は、まさかの名前に仰天。ピアーズの呼びかけに慌てて彼女を引き止める。
放してと、抵抗するも力尽きた名前は不本意ながらピアーズに横抱きされて、あえなく御用となった。

「………」

腕が痛まないよう注意を払って蒼白の彼女を抱え、ピアーズは仕方ないと滞在していた二階から一階へと下りる。
それにしても随分と年期の入ったモーテルだ。天井には好き勝手に蜘蛛の巣が張られ、散々放置されていたのか床の木々は所々腐っていて歩く度にきしきしと軋む。二階はまだ状態が良かったが、一階部分は特に酷く、二人分の体重を持っていては今にも床を踏み抜きそうだ。これは場所を選んで慎重に足を置くしかない。

――バキッ!

「―――ッ!?」

しかしそう思っていた矢先、気を付けたところで床板は鈍い音を立てて割れ、ピアーズの片膝は一気に床に埋まってしまった。

「大丈夫か?」

「っ、ああ、なんとか…。――!?」

そして彼は恐ろしい事に気づいてしまった。ここは一階、だが足裏は地に着かない。脆い板の穴はピアーズの脚を鵜呑みにする勢いで拡がっていき、さらに根本まで床下に沈む。依然足先は宙ぶらりんのまま。これはまずい、かなりの深さを想定しピアーズはどうにか脚を引き抜こうと力む。

――――バキィッッ!!!!!

「―――ッ!?!?」

しかし彼が力を出す前に、重みに耐えきれなくなった古板が先に割れてしまった。外に出ていた脚さえ沈む。
それからはあっという間、耳に残るほど大きな音を立てて朽ちた木は砕け散り、ぽっかりと空いた大穴は二人を一瞬にして床下へ呑み込んだ。

隊員は慌てて穴に駆け寄ったが二人は居らず、覗けばそこにはただただ真っ暗闇がどこまでも深く続き、遠く不気味に悲鳴の残響がこだましていた。


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