Straight To Video | ナノ
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「よし、…問題はないみたいだな」
「やることはやった。あとは血液検査だけで十分だろ」
白いベッドに腰掛けている名前は自分を見下ろしている白衣の二人の男を交互に見上げた。一人はぱぱっと書き上げたカルテらしきものを鉄の台に置いて、注射器を取り出して名前の腕から血を抜いた。
血管から外れた針を強引に軌道修正する痛みに彼女は顔を歪めた。使っていなかった表情筋がうまく動かなくて顔が攣る。採取された血液は小さな容器三本、大した量でなくても、ないものを搾り取られた名前は目が眩んだ。
貧血の視界に浮かぶキラキラ星を眺めながら彼女は先ほどの情景を思い出していた。部屋に戻ってきたウェスカーは珍しく一人ではなかった。懐かしの白衣の研究員、今まさに目の前にいるこの二人。親切に一人は車椅子を押してきてくれた。
「名前、こいつらについていけ」
慣れからなのか、危険性を感じなかった名前は素直にウェスカーの命令に従った。気分転換にもならない許された外出は、めっきり受けることのなくなっていた退屈で長い検査だった。
「さ、終わったよ」
そして終了を告げられてウェスカーのいる部屋にこれから帰る。自力で車椅子に腰を降ろしたなら、彼らがそれを押して帰してくれる。名前は今の今まで気づかずに、初めてこの検査中足の踵が着くようになっていることを知った。彼らは薬がどうたら、と言っていた気がしたが、思い当たる節がないわけではない。―――もしかして、ウェスカーに打たれた注射…?
高度な雑談は寝不足の名前にはいい子守歌になってくれた。車椅子は思った以上に乗り心地が快適で、彼女は身を預けてうつらうつら頭を垂らし、白い通路を進んでいく。頭の片隅で採血や太い造影剤の痛い注射針との別れを願いながら。
「失礼します」
検査から帰ってくるとウェスカーはパソコンに向かいカタカタ音を立てていた。部屋に入れば出て行ってしまう彼が珍しく滞在して仕事をしている。ベッドに車椅子を近づけてもらうように頼んで、やっと一息つけると、名前は重たくて軽い体を横たえた。
「結果は一週間後にお渡しできます」
すぐに二人が退室し、この空間にウェスカーと二人きり。一応眠らないためにすぐに名前は体を起こした。
時間はいたずらに過ぎる。
名前がぼーっとしてきた頃にウェスカーが唐突に席を立ち、音に驚いて目の冴えた彼女は慌てて身構えて黒い影を目で追ったが、結局素通りされ無音の溜息を吐く。
『!』
そしてウェスカーはバスルームへ入って行った。今までにないパターンに、名前は近づけなかったローテーブルの上のフルーツにありつくことにした。退室された時と違い安心して様子を窺いながらゆっくり食事ができる。よろよろと歩いてフルーツに一直線、#NAME1##はもしゃもしゃと貪る。
すぐ近くではパソコンが頻繁に通知を知らせていた。
ついでにウェスカーが何を見ていたのか覗く。
大方予想通り内容はとりあえず自分のことではない、ということ以外名前にはわからなかった。
『…?』
名前がデスクに腰をぶつけてしまった拍子に何かが落ちた。拾い上げてみると毒々しい色の液体の入った特殊な型の注射器である。透かして見るともっと気持ち悪い。
「…それはお前に必要ないだろう」
『―――!!』
背後から真っ黒な手が、骨の標本のような名前の手を絡むように包んで、注射器を取り上げる。
「その手でベッドには上がるなよ」
叱られておかしなポーズから動けなくなった名前の口には味のしなくなったフルーツと香りが残る。
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