Straight To Video | ナノ
12
『――――ッ!!はぁッ…!はっ…ぁ……!?』
飛び起きる。ベッドの上。いつもの部屋。私の体。
焼かれるような痛みに悲鳴を上げた。声が枯れて濁ると噎せて吐血が止まらなくなった。皮膚がかぶれて浮いてくると肉が剥けて骨が現れた。
体が動かなくてもがいた。眩しくて痛い、助けてと叫ぶ私を沢山の影は囲んで笑った。
『もう嫌ッ……!!』
嘘のように消えた傷。何度起きれば悪夢は覚める?酷い鈍痛に頭を抱え、名前は理不尽な現実を嘆いた。
そして彼女はふと違和感を感じる。手の甲には突き刺さる針。点滴の垂らす雫は、また一滴、管を伝って液体が体を巡る。
『ひ、ぃっ…!?』
見るやいなや、気が動転していた彼女は思いきり針を引き抜いた。
血の滲んだ医療用テープと針が床へ投げ捨てられる。
長く太い針を無理に引き抜いてしまったせいで、甲にはぽっかりと穴が開いて、血は湧き出るように溢れてくる。
『痛いっ……』
体育座りのように身を小さく屈め、恐怖を消し去りたい一心で自身を抱き締める腕に爪を突き立てた。だがしかしいくら強く食い込ませても、つねろうとも再生され続ける記憶は名前をどこまでも追い詰める。狂うに狂えない苦しさに哀咽せども、すがる相手はどこにもいない。
「あーあーオイオイッ…」
名前が目覚めたガラス越しの観察室の向こうには、監視役の研究員が男と女、各一名いた。
「漸く実験体のお目覚めだ。他の奴等に直ぐ集まるよう連絡してくれ」
「わかりました、!」
さらに観察室の扉は開いて男が一人。
入って早々曇った大きな泣き声が響く。
「起きたか」
「あぁMr.ウェスカー。まさに今、目を覚ましたところです。栄養剤を投与していましたが点滴の針を引き抜いてしまったので、これから処置を行います」
現れたウェスカーに男はそう口早に説明して、治療のための器具やら薬を準備した。
―――――――――
『―――ッ!!!?』
ドアが開く音に名前はビクリと過剰なまでに体を跳ねさせる。
現れたのは「あの男」ともう一人、白衣の男が薬品や医療器具を乗せた銀の台を押して入ってきた。
ゆっくり近づきベッドの脇に立った男を名前は怯えながら見上げる。体をこれでもかと小さくして強く自分を抱き締めた。それが彼女にできる最大限の自己防衛。
対してウェスカーは震える丸まった彼女の足下の、少し下方に手をついてベッドに腰掛ける。
『ンッ…!ッ…!!』
思わず名前は目を瞑った。伸ばされた彼の手が頬に触れたのだ。一段と震えは大きくなり、さながら痙攣のよう。小さく漏れた悲鳴、彼女はそれを拒もうと必死に腕に顔を埋めようとした。
そんな彼女の頬を、彼の手はまるで雨に震え、人に怯える捨てられた仔猫を愛でるようにやわやわと撫でる。
「傷が痛むだろう…?見せてみろ」
『…ッ、…っ…』
宥めるようなこの声色、決して気を許してはならない。しかし男の本性は感じ取れている反面、彼の武骨な手から伝わる人の温もりには、恋しさと一時甘えたい欲を掻き立てられた。はめていると思われた黒い手袋は外されていて、直に感じる体温に戸惑いが隠せない。痛む傷口から滴る血液。緩みかける腕。
口で言わずとも、表だった変化が表れずともウェスカーは名前の心情の変化を感知する。
頬を撫でるのを止めて、傷ついた方の腕を壊れ物を扱うようにそっと掴むと、強引ではなく、硬直を解くように優しく引き寄せる。彼女は警戒はしているが手を引き戻さない。
『やめてっ……!』
「何も怯える必要はない」
無理に引き抜いただけに出血は酷いが、縫うほどではない、男は台から道具を取り出すと手際よく処置を施し、貝殻のように小さな掌に包帯を巻いた。
『………私に…っ、何をしたの…ッ…?』
処置の合間に名前は彼に問う。
「知っての通りだ。そこにいる男が作ったウイルスを投与され、痛みで気を失ったお前はやがて死に、そして蘇った。今回を含めこれまでに二度もな」
『…じゃあもう化け物っ……?』
話す度に嗚咽に潰されていく言葉は辛うじて形を残す。
名前は恐れていた。いつかあの黒人達のように豹変し自我を失い、知らぬ間に死んでいくのかもしれないと。
「どうだろうな?ただ、これから化ける化けないを別とすれば、現段階のお前はそこらにいる人間と何ら変わらん」
ウェスカーは淡々と答え包帯を巻き終えると、入れかえるように名前の反対側の腕を掴み引き寄せる。自然すぎる一連の行動に違和感は抱かなかったが、彼が針を手にすると彼女の態度は一変した。
『嫌っ…やめてぇ…!!』
また点滴を打たれる。これ以上訳のわからない薬品を投与されたくない、泣いて助けを求めても無意味なのは本人が一番わかっているはずなのに、危機を感じれば黙って受け入れられないというのが生命の性。
一度は落ち着きを取り戻したものの、情緒不安定で混乱する名前は声を荒げて泣き、世界を見ることを拒絶して小さく殻に閉じ籠ろうとするばかり。
しかし貧弱な抵抗が通用するはずもなく、静かでいて力強く引かれた腕は体ごと巻き込んで彼のテリトリーへと持っていかれた。傍らまで引き付けられ、互いに座っているだけに顔の距離も近い。彼女は俯くが男が顔を近づけてきた気配にビクリと肩が上がった。
「そう怖がるな…。疑いたくなる気持ちも分かる。だがな、よく聞け。お前の体は自分が思う以上に弱ってる。これは栄養剤だ、害はない。受け入れろ」
物静かに言い聞かせるようでいて、有無を言わせぬ威圧感。太く長い針は刺さる時も痛い。
途絶えていた雫が体の中へ送られる。
本当?嘘?
考えることを止めたくても思うことは堂々巡り。
彼の手が離れてしまう前に、握り返すように指先を曲げて、か細い声で彼女はすがり乞う。
『……なにか気を紛らせる物をくださいっ……、…ここに置いてある本で構いませんからっ……なにかっ…』
なんとか伝えきれた彼女が恐る恐る顔を上げると、彼は一間置いて簡潔に一言「いいだろう」と願いを聞き入れた。
「ウェスカーだ」
『っえ…?』
名乗り立ち上がった彼は彼女を見下ろす。
「礼を言おう…なかなか良いものを見せてもらった」
踵を返し、そうして彼はドアの向こうに消えて、入れ替わるように入ってきたのは白衣の集団だった。
「資料はどこにある」
「こちらに。…もうよろしいのですか?」
「様子見のつもりで来たからな」
資料を手に取りぺらぺらとめくり、ウェスカーは大まかに目を通す。名前は研究員と目も合わせようともせず、コミュニケーションを取ることを拒絶している。
「今のうちに手懐けろ」
彼女の質がどこまで保てるかは研究員次第である。
成果が先か、壊れるが先か。
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