Straight To Video | ナノ

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逃げ出してすぐ、後方からは「待て」と言う叫び声と苛立ちの罵声。

―――先ずは彼を巻かなければ。

通路の構造を全く知らずに走り回って逃げ切るには無理がある。彼は叫んでいるし、このままでは騒ぎを聞き付けて人が集まってきてしまう。となればどこかの部屋に、一時的に隠れるしかない。

走り出してからほんの僅かなのに、極度の緊張から呼吸は早く荒々しく弾み、崩れそうになれば腕を振って気力で脚を動かす。

彼に姿を見られる前に、捕まる前に…

その一心で名前は目についた部屋に駆け込んだ。


『はぁ…ハァッ……ッ…、はっ…ぁ…』

部屋の中は真っ暗だった。

駆け寄ったドアのロックが解除されていたので、直ぐ様入ることができたのは幸いだ。
けれど彼に入る瞬間を見られてないか、まだ徘徊しているのか、それとも今まさに入ってこようとしているのか…
暗闇はあらゆる可能性から膨らむ不安を煽る。

一瞬一瞬が果てしなく、どうにかなりそうでも、ここでできることと言えば見つからないように息を潜めて祈ることくらい。
物音ひとつしない場で視界を失った今、荒い息と激しい心音が際立って聞こえた。


―――――――バンッ!!!!

『きゃっ!?!?』

入室して間もなく、突然サイドから窓を強く叩いたような、大きな震えた音が鈍く響く。飛び退いて場所を移った彼女をセンサーが感知して、部屋の電気がチカチカと点灯した。

音の正体は黒人男性――――硝子越しに狂った奇声を上げ、牙を向けて何度も強く拳を振り上げ、殴り叩き続ける。助けてほしい、そんな様子ではない。狂気染みた表情(かお)から人としての理性をまるで感じられない。明るくなってわかったが、硝子の向こうには数名同じく黒人の男女が踞り、横たわっていた。彼らもまた、暴れだした男につられて起き上がる。取り憑かれたように発狂すると名前に向かって直進し体当たりを始める。

部屋に入ってすぐ両サイドには貼られた硝子の壁、沿って歩めば個室に区分けされた人を展示物のように眺められる悪趣味な構造。奥に扉があることから、部屋はまだ続いているらしい。


『……ぁっ、―――ッ!?』

展示物となっている人々は怪物のようで人間とは思えない。

そして事実、違った。

彼らは不気味な音を立てて口から触手を咲かせる。
名前を襲おうと一斉に硝子に群がった。
恐怖の限界値は越えて、現実味のない映画かと思わせるようなショッキングな光景に声も出ない。


――もがけば自分の部屋のベッドの上で、全部悪い夢だったと言えたならなんて幸せなんだろう……


『!?』

ドアが開く。

「!、どうしてお前がここにいる…?」

入室して来たのは追いかけて来た男よりも、もっと質の悪い人物。

忘れないようのない見目形…金髪でオールバッグにサングラス、黒ずくめの「あの男」。

男は向かってくる、逃げようと奥の扉へ恐怖で竦んだ足を引きずって辿り着くが、無情にも扉は開かない。


『開いて…開いてッ…開いて…!』

追い詰められた。もう耐えられない、威圧感に脚は崩れその場に座りこんだ。視界は涙で歪む。逃げようとする意思とは裏腹に全身に力が入らなくなり、名前は立ち上がれなくなった。真後ろで彼の歩み寄る音が止む、怖くて振り向くことができない。


「…成る程。道理であの男が俺を見て引き返すはずだ」

ウェスカーは偶然とはいえ、見つけたことを部下に伝えるため機器を取りだし呼び出す。

「俺だ、逃げ出した実験体を見つけた。すぐに来い。場所は…―――――」

『………』

硝子を叩き続ける音は止まない。

―――――……捕まりたくない…こんなところで…こんなところで……

名前の中で諦めきれない思いが湧く。

抜けられさえすればいい。
そうだ…彼との距離は近い、這って足下の脇を通り抜けたら外に飛び出そう。

連絡を終えた、男が機器をしまう、隙がある、逃げるなら今!

悟られる前に…勇気と気力を振り絞って、彼女は這って彼の足の脇をすり抜けにかかった。

ドアへ向かって走るだけ…向かって走るだけッ…!!

成功の兆しに、すり抜ける直前四つん這いから走る体勢に変え、強引に抜けようとしたところで片手首に激痛が走った。体が強く後ろに引き寄せられて胸、板にぶつかり視界は反転、彼と向き合う。身体を支える力はないはずなのに、踵が高く浮くのは掴まれた手首を引き上げられたから。
体重の負荷が全てかかる手首はキリキリと聞いたことのない音を出して軋む。


「いい度胸だ…だが一つ警告しておこう。死にたくなければむやみやたらに知らない部屋には入らないことだ。その部屋にいる化け物が、常に檻に入っているとは限らん」

『ここはどこですかっ…?…病院じゃない……ッ』

「ああ、そうだ。化け物に喰われたり、コイツらみたくはなりたくないだろう?」


病院ではない、だからどうした、とでも言いたげに彼は動じない。

まだ尚捕食のためにガラス越しに群がる彼ら。

逃げられないとわからせたなら下ろせばいいものを、彼は彼女を吊るしたまま下ろさない。

腕が痛いのと、何よりも彼と近距離でいることが恐ろしくて、名前は掴まれていない手を彼の胸元に置いて突っ張る、手首を掴む指を剥がしに抵抗する。けれどびくともしない。彼がもがく自分を見て楽しんでいるようにも見えて、痛みに耐えるのも、辛くぼろぼろと泣くことしかできないのが悔しくて堪らない。
それでも抗議の言葉を発することもできず、研究員達が来るまで相手を見返すので名前は精一杯だった。

====It Gets Worse====


サングラスが電気の光に透かされて彼の瞳が見える。

金色(こんじき)に縁取られた赤い瞳。

全60ページ

All Title By Mindless Self Indulgence
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