あまい
……別に、悪気があったんじゃないんだよ。
帽子にくっついていたこの「ふわふわ」が、余りにも気持ち良かったんだ。
立ち寄った夏島の祭り。初めて見る踊りや音楽をめいっぱい満喫した夜。例のごとくに酔っ払った私は、ミホークよりひと足先に船に戻った。甲板に置かれたままの、ミホークの帽子。船縁にもたれてそれを抱き、羽飾りに顔を埋めてみる。あったかくてふかふかの感触と、ミホークの匂い。
つい安心して、そのままふらふらと夢の中に迷い込む。潮風に撫でられた肌が冷えて、目が覚めた時には。
「うあ」
帽子の羽は、無惨にも取れて床にぽつりと落ちていた。……そんなに寝相悪かったかな。慌てて修理をしようと四苦八苦している私を、まるで嘲笑うかのように通り過ぎた風一陣。手から滑り落ちた鷹の羽は、波の向こうへと飛び立ってしまった。
「……うあ」
呆然と甲板に立ち尽くしていると、背後から聞き慣れた足音が。
こ れ は ま ず い !!
祭りで山ほど仕入れた戦利品。その中にあった“ふわふわしたもの”をくっ付けて、そのままベッドに逃げ込んだ。それが、間違いだったんだ。
翌朝。
起きてきた鷹さんに背を向けて、せっせと朝食の用意を……してる振り。
「おい」
そう後ろから声を掛けられた時は、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思った。
「お、おはよ」
ぎこちなく振り返ると、思った以上の近い距離に彼が居て。鼻先がぶつかりそうになった。
「う……っ!」
今、私の心臓は本当に2cmくらい飛び出したんじゃなかろうか。見上げた瞳は相変わらずの静かな金色。バレてなかったかと心の中で息を吐く。
瞬間。ぐい、と強く腕を引かれてそのまま腕の中に閉じ込められた。
「ミホ……」
朝から盛るなと言い掛けて、胸に刺さったその言葉。
「……これは羽代わりにはならん」
「う」
「お前は阿呆か」
そう言ったミホークが突然、帽子にくっ付けた“ふわふわ”を小さく千切って口に含んだ。
「え!?」
軽くくわえた“ふわふわ”ごと、唇を押し当てられる。
「ちょ…っ、ん…、……ん?」
そのふわふわは、やわくて、甘くて。口の中で、すぐに溶けて無くなった。
「綿飴、と言う砂糖菓子だ」
「……わたあ、め?」
見れば確かに足元で、蟻が行列を作っている。
「危なく菓子ごと蟻に食い殺される所だった」
そんな訳無いだろうという言葉をぐっと飲み込んで。
「や、あの、これは!」
必死の弁解も、あっけなく遮られる。
「残念だが」
離れた唇に、そっと指をあてがわれた。
「言い訳は、体に聞く主義だ」
「………!!」
背筋が反ったのは、愉しげに細む金色が怖かったからで。
絶対に。
そこをなぞる指が、心地よかったわけじゃないんだから!
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