夢の終わり | ナノ





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夢の終わり 7

 珠羽の領主は怒り狂い、これまで結んでいた友好同盟は絶たれた。
 弟の翔流は心に深い疵を負い城を出て行った。
 楓姫の自害は松風の命運に多大な影響と深い傷痕を残した。

 そして、疾風は――。

 弟の翔流は己の至らなさが楓姫を死に追いやってしまったと自分を責め、その苦しみに耐えられずに城を後にした。そうではない真実の理由など知るはずもなく、弟はきっと、死ぬほどの苦しみを背負い、どこかを彷徨っているのだろう。
 楓が止まない嵐にその身を投げたのは、自分が与えた絶望ゆえ。
 翔流の許嫁であり、翔流を想う楓姫を己の想いに従い、奪った結果がこれだ。何よりも大切だった人を傷つけただけではなく死に追いやってしまった。もうどのような手を尽くしても二度と楓は戻らない。
「楓…っ!」
 後悔も呵責もしつくした疾風に残ったのはいわれようのない喪失感だ。楓姫は、愛しい人はもうこの世の何処にもいない。何を失おうが、願いをすべて退けられようが、楓姫が存在しているだけでよかったのだと気づいたところでもう遅すぎた。

 ――楓のいない世には耐えられない…!

 取り戻したい。どんな楓でもよいから再びこの手で抱きたい。どんな手を使ってでも取り戻したい。
 だが、そんな術はどこにもない。古代種といえど、もうこの世のどこにもいない人を呼び戻す術など。

「死人を蘇らせることは神とて不可能。だが、魂を同じとする者を遙かな時の向こうから喚ぶことは可能」
 古代種である神官の言葉は、苦悩の海で溺れる疾風を救いあげる手と同じだった。
「神官殿!その秘術、俺に授けてくれ!」
「魂を喚ぶは魂を使う。その消耗は激しく今世の命数は確実に削られ、後には魂そのものが消滅し転生叶わぬ」
 そんなことは些細なこと。
 もともと病を発症した時から限りがつけられた余命だ。ここで魂が消滅しようと転生叶わぬとも悔いなどあるはずもない。

 ――楓を、楓であった魂を再びこの腕に抱けるのであれば…!

 疾風はすがる思いで、言葉通りに古代種の法衣にすがりついた。それがたとえ禁忌であろうと、どれほどの報いが自分に還ろうと、どんな手を使ってでも楓を取り戻したい一心で。

 ――楓のいないこの世など耐えられない。

 今再びこの腕に――。



「……えで…っ」

 涙に濡れたままの瞳を開いた颯矢はそのままゆっくりと体を起こして呆然となった。
「…本殿…?」
 確かに、今自分がいるところは珠羽神社の本殿だ。だが、ついさきほどまで居たのは別の昏い場所だったはずだ。
「どういうことだ…?」
 ハッと思い当たり己の手を見るが、当り前の両手がここにある。だというのに、悪夢を見て目覚めた時以上のせつなく、苦しい感情に今、心を縛られていた。
「夢だったの…か?」
 愛しい人も、その人を奪い尽くした七夜も、嵐も、永久の花も、そして愛しい人の死も――。
「嵐…」
 頬を濡らしたままの涙を乱暴に払い、部屋の外に出てみればまだ夜明けが始まったばかりで、だが風は止んでいた。心配だった桜はまだかろうじて花を残している。
「夢…だよな」
 それにしては、覚えた感情も口にした言葉も取った行いも、あまりにも生々しすぎたが、あれが夢でなければなんだというのだ。ふと視線を床に落せば、空の桐箱がそこにある。確か、昨夜これを手に取り、伝説についてのあれこれを考えていた。神体に向かい神の想いを探るようにして。
 神聖な場所で不敬にあたるそのような振る舞いが祟ったのか、悪夢の後に残るのと同じ、黒く重い感情に呑まれ胸が苦しくなり気が遠のいた。そんな思いを胸に置いたまま眠ってしまったからあのような夢を見たのだろうか。
「……」
 颯矢は自分の胸を押さえ、やや荒くなっている呼吸を整えた。
「けど、松風の領主で術士って…、古代種とか秘術とか…、どんな創作なんだ…」
 ドラマチックすぎる設定に嗤うことすらできないし、珠羽の姫に対して夢の中でしでかした行為を思い返せば言葉も出てこない。しかも、都合のいいことに珠羽の姫の顔はさくらそのものだった。その人を心の底から愛し、奪う、あんな夢に見るほど、自分はさくらを…。
 
 奪ってしまえ。
 どんな手を使ってでも――。

 黒々とした思いがまたせりあがってきそうになって、颯矢は慌てて首を振る。
「夢だ。ただの、夢…」
 そう思いたいのに、どこかでそれを許そうとしない自分がいる。手にある桐箱をもう一度見つめれば、そこにはっきり映し出されたのは夢の中で自分が楓姫に渡した永久の花だ。
「……っ?」
 だが、目を擦るとそこにはもちろん何も存在していない。

 あの松風領主は自分だったのか――?

「疾風は俺の前世なのか…?」
 だとしたら、珠羽神社に祀られている松風の神は――。
「ばかな…」
 ありえないことを、それが真実なのだと自分の深い場所が肯定する。
「楓姫は…」
 千年前の松風領主が楓姫にした非道、その後の全てが真実だったというのか。どういうしくみかは分からないが、自分はそれを見たのではなく体験してしまったのか。
 この本殿で、神の近くで、千年という時と巡り続けた想いに合致した何かの理があのような過去を自分に教えたとでもいうのか。
 
 両頬に手を当てれば異様に熱くなっていた。いや、頬だけではなく全身が熱い。
 今日は千年祭だ。こんな夢を見た後に、一日巫女を務めに来るさくらとどんな顔をして会えばいいのかと思えばため息が出てしまう。未だ瞼の裏にある楓姫の啼き顔がさくらのそれに変わって…。
「やめろ…っ!」
 颯矢は自分で自分の想像を強く叱責した。それでも、胸の中にある千年前の想いが今の想いと重なり、昏く締め付けられるぐらいのせつなさに潰されそうになる。
「天が与えてくれた夢は、もう終わり――」
 妙に覚えのある台詞をふと呟いて、颯矢は呆然自失のまま本殿を後にするのだった。






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