「とうとう嵐は止まなかったな…。そしてそなたの心も、俺のものには…ならなかった」 だがそれは、初めから分かっていたことだ。 力づくで楓姫のすべてを奪いつくし、七晩もの間この腕に抱き続けても、楓は、楓の心は決して自分のものにはならないのだと。 「明日は翔流が北から帰る。天が俺に与えてくれた夢は、もう終わりだ」 「夢…って、疾風…?」 「そなたにとっては、ただただ悪夢だったろうが…な」 「………っ」 疾風は冷酷な瞳で己が乱した姿のまま寝台に横たわる楓姫を見下ろした。だがその視線は楓姫を通り越し、この七晩の間にここで自分がしてしまった行いを自嘲的に見下していたのだ。 愛してやまないはずの人がどれほど抵抗し泣き叫んでいても、奪うことを止めてやることができなかった。奪いながら、何故嵐は止まないのか、今すぐ止めばいいと何度も思った。嵐さえ止んでくれれば、自分は自分に戻れるとも。求めれば求めるだけ失われてしまうと知っていながら、歯止めが効かない自分に疾風自身も慄いていたのだ。 愛ある行為とは程遠い、あれは、ただの凌辱。優しい言葉も想いの言葉ひとつも告げず、告げることが出来ず、飢えた鬼のごとく欲して奪う、ただ激しく交わるその繰り返し。まるで自分を喪失してしまったかのように、満たされるはずのない欲望を満たしたいという本能だけで七晩が過ぎて行った。 それでも、止まない嵐は今も窓の外と海原を荒れ狂わせている。嵐が止むまで、という願いすら自分はもう叶えてはやれない。 だが、せめて最後は――。 「これを…」 疾風が震える楓姫の小さな手のひらに乗せたのは、七日前にこの場で咲かせた桜の花だった。 「これ…は?」 「花の時を止めた。それは枯れることもなく朽ちることもなく、そなたのもとで永久に咲き続ける。だから、そなたが悲しむこともないだろう…」 「疾風…?」 「俺が、そなたに咲かせる最後の花だ…」 枯れることも朽ちることもない永久(とこしえ)の――。 「疾風…っ」 花の首飾りが楓姫の手でゆらゆら揺れる。永久に咲く花は永遠の想い。せめて、この花には自分の真の心を込めようと。 だが、いくら花の時を進め、また止めることができても、そんな術をいくつ扱えたところで楓が手に入らないのならば意味はない。一番欲しい楓を、この愛しい人を永久に傍に留めることが出来る術はないのか…! 「……次に会う時からは、そなたは我が義妹。さらばだ、楓…」 この期に及んで、どこまでも往生際の悪い己に反吐が出る。そんな術があればもとより使っているが、たとえそんな術を行使したとしても叶うはずがないことなど決まり切っているというのに。 己の願いはなにひとつ叶うことはない。それらすべて天に捧げてしまっている。 自分のすべては、天に――。 馬鹿なことを願おうとする自分に呆れながら、そして、非道な行いを惜しみなく尽くしてしまった己を心の底から嫌悪しながら疾風は塔の部屋を後にした。 「疾風…!」 身も心もさぞかし傷つき、自分を憎んでいるだろう楓姫が呼ぶ悲痛ともいえる声はあえて聴かないよう耳を塞ぎながら。それが、楓姫が自分を呼ぶ最後の声だとは思いもせずに。 嵐が止んだ翌朝、塔の部屋の窓は開け放たれ、楓姫の姿はどこにもなかった。 |