夢の終わり | ナノ





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夢の終わり 1

 寝具の上で上体を起こした颯矢は、浅い呼吸を繰り返しながら逸る心臓を落ち着かせるために体を丸くした。
 夢にうなされハッと目覚めれば全身が汗でじっとりと濡れている――そんなことは何年も前からあったが、ここ最近になって頻度が増している。
 だが、どんな夢にうなされるのか、その内容は目覚めと同時に沈んでしまう。何かを欲し、焦がれ、思い通りにならないことに憤る激しい感情だけが強く残る正体不明のこの悪夢には、もうずいぶんと昔から悩まされていた。だから、目覚めと同時に支配される、汗に濡れた体や髪を掻きむしりたくなるほど昏くせつない感情にももう半分慣れてしまっている。それに、悪夢の後に起こる現象はそれだけではない。
「……っ」
 顔に貼りついた髪をかき上げようと目の前にもってきた手を見れば透けたように霞んでいる。しばらく見つめていれば、手はだんだんと存在を戻してくるから目の錯覚だと考えることにしているが、そんな己の不可解さに恐怖を感じないわけではない。いや、むしろ、自分があやふやな存在であるかのように思えて目覚めの時から身が竦み、一度それを意識してしまうと震えが止まらなくなる。

 神の近くにいることに何か理由があるのかもしれない。ここは千年の歴史を持つ珠羽神社。颯矢は宮司の息子であり、自分も見習いとはいえ神主だ。神職であるということは、色々と不思議なこともその身に起こる。悪夢も霞む手もそのせいだ――。
 ――と、何故、悪夢が自分にまとわりつくのか、霞む手の意味は何なのか、分からない理由を神職のせいだとこじつけ無理やり納得しようとするが上手くいかない。己が透ける本当の理由など、どれだけ考えつめたところで分かるはずもない。なのに、それは現実にこの身に起こる現象だ。あやふやだけならまだいいが、いつか透けるだけではなくそのまま溶けて、存在自体が無くなるのではないかと考えると怖ろしくてならない。
 
「……くっ」

 髪をぐしゃぐしゃとかき回してから、颯矢はゆっくりと深呼吸をして目を閉じ、瞼の奥を見つめるようにして気持ちを集中した。たった独りで異常に耐えるこんな時、乱れた心を落ち着かせ、当たり前の日常へと戻してくれるのは、いつも、この――。

 唐突に、セットしておいた目覚まし時計がジリリと鳴った。
 悪夢のせいですでに完璧に目が覚めてしまっていた颯矢は、一瞬でその不快な音を消すボタンに掌を叩きつけた。そして、確かな存在感のある己の手を確認してホッと息を吐いたのだ。





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