苦しくて、せつなくて涙が止まらない。 自害なんてしていない。楓姫は疾風が花の首飾りに込めた想いを必死に守りたいと思っただけ。楓姫の命を奪ったのは、疾風でも翔流でもない、嵐。この海に吹き荒れる、悪魔のような嵐だった。 「楓姫は最初からずっと疾風を…」 愛していたのに。疾風は楓姫の心を、ずっとずっと昔から手に入れていたのに。 「どうして…、言葉で伝え合わなかったの…っ!?」 愛しているとひとこと伝え合っていれば、楓姫も疾風もあんな辛い思いはしなかった。たとえ、結婚が叶わなかったとしても伝え合ってさえいればきっと楓姫は死ななかったし、 「疾風だって…」 狂わなかった。 領主とは、領家の姫とはそんなに重たいものなのだろうか。愛する人に、愛していることを伝える、たったそれだけのことも赦されないのか。 疾風は狂ってしまったのだ。楓姫を深く深く愛していたから。愛しすぎていたから。最愛の人がこの世のどこからもいなくなってしまったから。 「だから、私を……」 楓姫の生まれ変わりだと、楓姫だと思い込んでいる。そうしなければ、きっともっと狂ってしまうのだろう。 「楓姫……」 疾風が好きで好きで心から愛していた幼くて、せつなくて、悲しい人。 「だけど……」 それは楓姫の気持ちで、さくらは同じ想いを翔流に抱いている。楓姫がどれほど疾風を愛していたとしても、さくらは翔流を愛しているのだ。 「私は楓姫じゃない…。さくらだもの…。さくらは、どうしようもなく、翔流が好きなんだもの…」 楓姫の想いを知っても、それがどれほどせつなくて苦しくても、それはさくらの記憶ではない。さくらにはさくらが大切にしている、翔流への想いがある。楓姫にも疾風にも謝りたいと思ってしまうぐらいに、さくらはさくらなのだ。 「翔流……」 楓姫の死に傷ついて、自分を責めて、苦しんで――。 「苦しまなくてもよかったのに。楓姫は自害なんてしていなかったのに…!」 何故、翔流も疾風も楓姫も、こんなにも悲しい想いをしなければいけなかったのだろう。誰かを愛することで、こんなにも――。 「楓姫…。あなたの大切なこれは…」 ここに置いておくから――と、さくらは花の首飾りをそっと枕の下に隠した。 ――行かなきゃ…! さくらは自分が今すべきことをする。 とめどなく溢れる涙はそのままにして、さくらは床を這って扉までたどり着いた。耳をあて外側の様子をうかがってみたが、何も聞こえない。この部屋に連れてこられた時、螺旋の階段を延々と上ってきたことを思い出して、それも当然だとさくらは肩を落とした。ここは、城の機能からは完全に孤立している塔の、しかもてっぺんなのだ。 太陽はもう窓の外、西側の海に傾いてきている。こんな時間になっても、朔夜はやっぱり来ないし疾風も来ない。何かあったことは間違いないのに。 「……うっくっ」 楓姫の気持ち、 さくらの想い、 戦に行っている翔流、 血を吐いた疾風、 様々なことでさくらの中はぐちゃぐちゃだ。拭えない嫌な予感も不安も焦りも容赦なくさくらに押し寄せるから涙はあとからあとから溢れてくる。 「どうしたらいいの…?」 この塔のてっぺんにいる限り、城の様子など分かるはずもない。 何とかしてここから出たい。 だが窓は疾風の術で開かない。たとえ開いたとしても下は絶壁。降りられるはずはない。そしてこの扉にはもちろん鍵がかけられているはずだ。さくらは囚われの身、籠の鳥なのだから――。 そう、絶望しながらも取っ手に手を伸ばしたさくらだか、かちゃり、と音がして扉は難無く開いたのだ。 「開いた?」 朔夜が鍵をかけ忘れたのだろうか。それとも、歩けないさくらが逃げられるはずもないからと初めから鍵などかけられていなかったのか。 「どうして…」 だが、今は理由などいい。どちらにしてもさくらにとっては幸運だった。そのまま体重を扉に乗せ両手で外側に押し開ける。 「………」 開いた隙間から外を覗いてみたが誰もいない。螺旋の階段がずっと下まで続いているだけだ。 「扉は開いたけど、この階段は……」 歩いて下りることはもちろんできない。だが、お尻をついて一段一段下りていくことなら不自由なこの足でも…、 「できるわ」 さくらはやっと涙をぬぐった。ここで何もしなければ何も分からないままだ。 さくらは床にペタリとお尻をついて一段目の階段を下りたのだ。 |