さくら、さくら | ナノ





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第二部 3 重ねる咎

 風雨にさらされ開け放たれた窓から疾風は荒れ狂う海を見つめる。
 楓が死んだのはこんな夜。だが、再びこの手に還ったのも嵐の夜。
 疾風の嵐はまだ止んでいない。
 理を犯し禁忌の術で手に入れた楓の魂は、たとえどんな報いが己に還ろうとも二度と――。

 窓を閉め、疾風はさくらが眠る寝台に戻った。
 顔も声も魂も楓そのものであるのに、楓その人ではないさくらの顔を見つめ、白い頬を包むように手を当てた。
 しっとりと柔らかな頬の感触は、今ひととき、疾風に罪悪感をもたらす。己がしていることは人の道に反すること。未来で生きていたこの娘には、なんの罪もないのだ。
 だが同時に相反する征服欲も突き上げる。最後まで心奪えぬまま、あのような死に方で目の前から消えてしまった楓。
 魂のみを受け継いだ生まれ変わりであろうと、最愛の人をやっとこの手中に収めることが叶ったのだ。
 この娘は国や民を背負うことなく、傍に置いておける存在。ただただ愛する。それだけを赦される存在。愚かだと分かっているが止められない。この娘に今再び、咎を重ねるのだ。

 疾風は頬に触れた指でさくらの閉じた目、鼻、唇をたどり、そのまま首筋、肩へと下りた両手で襟を開いた。
 襟元が大きくはだけた着物をそのまま下へ引きずらせば、着物の下に隠されていた素肌が疾風の視界に晒される。華奢な線にほどよく膨らんだ乳房。綺麗な桜色に熟れた果実のような頂。
「美しい…」
 だが、そこに美しさの均衡を崩す違和を見つけた。
「……」
 双方の乳房、その間、鎖骨…、柔らかなところに点々と朱く咲いた花だ。この娘は既にこれらを咲かせた男のものであるとの強い主張を感じる。
「……翔流か」
 疾風はさくらの胸の一房、その先端を口に含んだ。吐息を絡めながらその頂で舌を転がせば、眠ったままのさくらの躰が敏感に反応してびくんと跳ねる。
 だがそれは官能の痺れとはまるで違う。強張り粟立った肌は、この躰が、触れられることを無意識に拒絶している意味だ。
「翔流しか受け入れぬ躰に仕込まれたか…。ならば尚更…」

 ――この手で奪うのみ。

 腰の紐を解き、腰から下もすべて開いて着物は床に落とす。広い寝台の上に肢体だけで横たわるさくらの躰を、疾風は確かめるように鎖骨から胸、腹、太腿…と撫でていった。
 無意識がひどく怯え、震えるさくらの肢体はどこか拙い。わざと禁区に立ち入り踏み荒らしてやりたいという嗜虐的欲望が突き上げ、柔肌に滑らせる疾風の手に汗が滲んでくる。だが、指が足首にある刀傷に触れた時、疾風の顔は険しく歪んだ。
「………」
 召喚の秘術を行使したのはつい先ほど、この娘が翔流に連れられて城に現れる直前だった。
 だが魔法陣に娘は降りず、それでも神官は確かに還っていると言った。もうすでに、報いが術者に堕ち歪みが出ているのだと。

 楓の魂を持つさくらは、今から半年前の賊が徘徊する森の中に降りていた。わざわざ腱を切った賊が目の前の女に何もせずにいるわけもない。翔流が助けるまでどれだけの時間差があったかは知らないが、この躰は相当の辱めを受けただろうことは容易く想像できるし、事実、傷を読んだ先ほど、傷がつけられた時に起こったことも生々しく視えた。
 時も場所も最悪なところに降りてしまった楓の魂を持つ娘。
「なぜなのだ。なぜすぐに俺の元に降りなかった…」
 腱を断たれ凌辱されねばならない業がこの娘にあるというのか。それともそれも疾風への報いなのだろうか。その場に翔流が居合わせ娘を助けたのは偶然だったのか。
 ひとつだけ言える確かなことは、半年も前に翔流がさくらに出逢ってしまったことこそ、理を犯した己に還る最大の報いだ。
 半年。
 共に暮らしたふたりの間に互いを想う心が育つのに十分な時間でありそれは現実となっていた。翔流とさくらは互いの想いを固く結んでいる。あの翔流が疾風の前ではっきりとこの娘を妻にすると宣言し、ふたりは目の前で熱いくちづけを交わした。
 よりによって、今再び翔流だった。楓の心だけではなく、生まれ変わったさくらの心までも翔流が持って行った。
 神官の言葉通り、犯した咎の報いは初めから己に還っている。
 喚んでも思い通りにはならない。重く厳しい報いだ。また同じ苦しみに苛まれ、重ねた咎を背負うのみとなる。
「だが…!」
 それでも、手放せはしない。
 心が手に入らぬのなら、心以外のすべてを奪う。命懸けで奪うだけだ。
「目覚めの時だ楓姫」
 手のひらを額にかざしそう告げると、まるで疾風の意志に同調したように鋭い稲妻が海上を奔り雷鳴が轟く。塔全体を震わすほどの振動がさくらを夢の中から現実へと連れ帰ってきた。

「目覚めたか」
 その声はさくらの真上から降ってきた。
「……はや…て」
 たった今まで淡々とした疾風の声を聞いていた。
 あれは夢?それとも現実?
「楓を思い出す切欠はあったか?」
 夢とうつつを混同しながら、ゆっくりと瞼を持ち上げたさくらが見たのは、どこか冷徹な目で自分を見下ろしている疾風の顔だった。
「かえで…?」
 自分のものではない感情が胸に突き上げてきたような気がする。でも、今はもう覚えていない。
「私は…、さくらよ…!」
「……ふ…、やはり強情な娘だ」
 だが、美しい――と囁く疾風の銀髪がさくらの上で揺れる。まるで光る稲妻のようなその銀髪が素肌に触れる感触を覚え、さくらは髪が触っている先を目でたどった。そして、自分が一糸も纏わぬ姿にされていることを知ったのだ。
「そんな…!どうして、こんな…!」
 さくらは疾風の視線から裸体を隠そうと思い通りにならない身を必死によじらす。だが、疾風から告げられた言葉が、さくらを絶望の中に突き落とした。
「決まっている。今からそなたを我がものにするからだ」
「―――っ!」






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