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序章 1 昏い部屋


 蝋燭の灯がともる石造りの仄昏い部屋。
 奥には祭壇、床には魔法陣、その上に佇む影がふたつ。ひとりは身の丈よりも長い杖を手にし法衣を纏う老いた神官。もうひとりは、稲妻色の長髪と闇夜のような漆黒の瞳を持つ若い術士。

 どこからともなく流れ込んだ冷えた風にささやかな灯が揺れた時、低い声が石の空間に響き渡った。
「死人を蘇らせることは神とて不可能。だが、魂を同じとする者を遙かな時の向こうから喚ぶことは可能。吾はその禁忌の種(しゅ)を所有している」
 淡々と告げられた神官の言葉に、もうひとりの男の心が激しく揺れた。
「遙かな時の向こうで魂を同じとする者…、それは、生まれ変わり、ということか」
 神官は静かに頷いた。
「だが、魂は同じであっても、かの方とその者は同一ではない。別の時代を生きるまったくの別人」
「……っ」
 分かっている。
 魂とは繋がっていくもの。
 だが、別人であっても魂が繋がり生まれた者ならば、
 かの人の存在がその魂に刻まれている者ならば、
 楓を、楓であった者を再び腕に抱けるのなら――。

「 神官殿。その秘術、俺に授けてくれまいか」
「別の時を生きる者を喚ぶは理を犯すこと。本来、あってはならない異の者が今に混ざることによって定めに必ずや歪みが生じる」
「歪み?」
「時は先に向かって流れるが摂理。その道筋は世界、国、個に至るまで例外なく未来永劫まで定められている。理を犯し先世の者を召喚すれば、その者に関わった全ての定められた流れが一時変えられる。
 だが定めは必ずや元の流れに戻ろうとする、そのせいで起こる歪みだ。その報いは必ずや術を用いた者、そなたの身に還る。それでもその者を召喚すると望むか」
 神官は鋭い視線を男に向けた。だか、男もそれ以上の強い眼差しで神官を見返し言い切った。
「それでも、俺は望む」
「魂を喚ぶは魂を使う。その消耗は激しく今世の命数は確実に削られ、後には魂そのものが消滅し転生叶わぬ」
「それでも、望む」
「喚んだとて、そなたの望みが叶うとは限らぬ。そなたはただ咎を背負う者となるだけやもしれぬ」
「それでもだ…!」
「……ならば、吾はそなたに術を拓くのみ…」

 神官が杖を男の頭上で振るうと、杖の先から銀色の粉が顕れ闇の中を舞いはじめた。銀粉は男を頭から包み、やがてその体内に染み込んで消えていく。足元の魔法陣が妖しく輝き、男の脳内に未知であった詞が次々と溢れてきた。それは、時を渡り魂を召喚する禁断術の呪文。
「……」
 溢れるままのその呪文は男の口から力を持つ声となって空間に出現する。
 すると、魔法陣から顕れる強い稲妻のような光が天へ向かって一気に放出された。

(楓よ。愛しき者よ。我が元へと還れ…!)

 光に包まれ呪文を口にする男が全身全霊を込めて願った時、魔法陣から放つ閃光はこの空間を突き抜け時の波の中に溶けていった。





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